植物が動物の神経細胞と似た分子を使って情報を伝達し、近親交配を防いでいた ~植物が自分の花粉を認識して排除するまでの情報伝達の仕組みを解明~

2015/09/02

【概要】
 多くの植物は「自家不和合性」と呼ばれる仕組みを持ち、自分の花粉が雌しべに付いても受精せず子孫の種子を作らない。植物が近親交配を避けるために備わった巧妙な仕組みで、現象は古くから知られているが詳細は長く不明だった。

 これまでに、奈良先端科学技術大学院大学(学長:小笠原直毅)バイオサイエンス研究科細胞間情報学研究室の高山誠司教授らは、アブラナを材料にして植物の雌しべが自分の花粉を見分ける仕組みを世界に先駆けて明らかにしてきた。しかし、雌しべが自分の花粉を認識したあと、その情報をどの様にして伝えて自分の花粉との受精を回避しているかという仕組みについては不明だった。

 今回の研究で、高山教授らは、共同研究者(永井健治・大阪大学教授、宮脇敦史・理化学研究所チームリーダー)が開発した、カルシウムイオンを蛍光により鋭敏に観察できるカルシウムセンサ−タンパク質の遺伝子を導入したアブラナ科植物を作製して解析を進めた。その結果、雌しべに自分の花粉がつくと、動物の神経細胞が興奮する時のようにカルシウムイオンが雌しべの細胞内に流入し、それがきっかけとなって花粉が吸水できなくなることを発見した。また、その流入にグルタミン酸受容体という動物の神経細胞の細胞膜で機能するカルシウムチャネル(孔)が関与することを明らかにした。

 今回の研究により、植物が動物と同様にカルシウムイオンを利用した情報伝達の仕組みを発達させていることが明らかとなった。植物が病原菌を認識した時などにも細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇することが知られており、本研究により植物の情報伝達の仕組みの理解が深まり、病気に罹りにくい植物の開発などに結びついていくことが期待される。

 本成果は、英科学誌Natureの植物専門オンライン姉妹誌、Nature Plants(9月号)に掲載される(プレス解禁日時:日本時間 平成27年9月1日(火)午後6時)。

【掲載論文】
論文タイトル:Calcium signalling mediates self-incompatibility response in the Brassicaceae
(和訳:カルシウムシグナルがアブラナ科植物の自家不和合性反応を仲介する)

著者:Megumi Iwano1†, Kanae Ito1†, Sota Fujii1†, Mitsuru Kakita1, Hiroko Asano-Shimosato1, Motoko Igarashi1, Pulla Kaothien-Nakayama1, Tetsuyuki Entani1, Asaka Kanatani1, Masashi Takehisa1, Masaki Tanaka1, Kunihiko Komatsu1, Hiroshi Shiba1, Takeharu Nagai2, Atsushi Miyawaki3, Akira Isogai1 & Seiji Takayama1 (†These authors contributed equally to this work.)

所属:1奈良先端科学技術大学院大学, 2大阪大学, 3理化学研究所

論文掲載誌:Nature Plants 1, 01 September 2015, Article number: 15128 (2015)

DOI:http://dx.doi.org/10.1038/nplants.2015.128
naistar:http://hdl.handle.net/10061/10410
(NAIST Academic Repository:naistar)

【説明】
 植物の多くは「自家不和合性」という性質を持ち、自分の花粉が雌しべに付着しても受精せず種子を作らない(図1)。近親交配を回避するための巧妙な仕組みであり、進化論で有名なダーウィンもこの性質の発見に加わり、「自分がかつて観察した中で最も驚くべき事実」と著書に記している。しかし、どの様にして植物が自分の花粉との受精を回避しているのか、その仕組みは長年の謎であった。高山教授の研究グループは、以前の研究で、アブラナ科植物の花粉が自己の目印となる小型のタンパク質(SP11)*1を持っていること、一方の雌しべ表面の細胞(乳頭細胞)はそれを認識する受容体(SRK)*2を持っていることを明らかにしてきた(図2)。自分の花粉が付着すると両者が結合し、乳頭細胞内にその情報(リン酸化シグナル)*3を送っていることもつきとめた。しかし、その後どの様にしてその情報が伝えられ、自分の花粉との受精が回避されるのかについては不明のままであった。今回共同研究グループの岩野恵助教(現大阪大学)、伊藤花菜江大学院生(現九州大学)、藤井壮太助教らが中心となり、この情報伝達系の鍵となる部分の解明に成功した。

【実験の手法】
 この自家不和合性の情報伝達経路を解明するために、まず実験上の取り扱いが容易な自家不和合性のシロイヌナズナ(アブラナ科)を作製した(図1)。このモデル植物は進化の過程でSP11遺伝子とSRK遺伝子を欠失して自家和合性になっていたため、これらの遺伝子を再導入することで自家不和合性を復活させた。さらに、共同研究者が開発したカルシウムセンサータンパク質(YC3.60)*4遺伝子も導入し、細胞内のカルシウムイオンの動きを観察できる様にした。

【実験の結果】
 自分の花粉を雌しべの乳頭細胞に付けると、動物の神経細胞が興奮する時のように細胞内のカルシウムイオン濃度が一過的に上昇することが示された(図2)。この上昇は、乳頭細胞から調製したプロトプラスト*5に自分のSP11タンパク質を添加した時にも観察され、SP11とSRKの相互作用の結果、直接起きる現象であることが示された。また、薬理学的な解析により、このカルシウムイオン濃度の上昇は、細胞外からのカルシウムイオンの流入に依存すること、動物のグルタミン酸受容体の阻害剤(AP-5など)*6がこの流入を強く阻害することを見出した。

 さらに乳頭細胞で強く発現する2種類のグルタミン酸受容体(GLR3.7とGLR3.5)*7の変異体では、このカルシウムイオンの濃度上昇が低下し、作用していないことを見出した。一方で、乳頭細胞内にカルシウムイオンを人為的に注入すると自分以外の花粉の吸水反応も阻害されること、AP-5で乳頭細胞を処理すると自家不和合性が打破され自分の花粉も吸水・発芽できるようになることも示された。こうした結果から、乳頭細胞膜上でのSP11/SRK相互作用を介した自己花粉の認識反応により、グルタミン酸受容体を介したカルシウムイオンの流入が起き、これがきっかけとなって花粉の吸水反応が阻害されていることが明らかとなった(図2)。

【本研究の意義】
 植物はSRKのような自己を認識する受容体を数百種類持ち、それらを使って外部の情報を細胞内に取り込んで生きていることが示されてきているが、細胞内における情報伝達の仕組みはまだほとんど明らかにされていない。今回の研究により、動物の神経系などで使われているグルタミン酸受容体、カルシウムイオンといった分子が植物の情報伝達系でも利用されていることが明らかとなった。植物細胞に病原菌などが付着した際にもカルシウムイオンの濃度が上昇することが知られており、類似した仕組みの関与が期待される。さらに研究が進むことで、植物の受精(種子生産)を人為的にコントロールする技術、病気に罹りにくい植物を作出する技術など、応用的な技術開発へと結びつくことも期待される。

【用語解説】
*1 SP11:花粉の表面に付着した分子量5,000程度の小型のタンパク質で、個体毎に構造が異なる多型性を示す。自己のSRK受容体*2を特異的に活性化するリガンドとして機能する。

*2 SRK:雌しべ先端の乳頭細胞膜上に存在する1回膜貫通型の受容体で、細胞外領域が多型性を示し、自己のSP11リガンドと特異的に結合する。細胞内領域はキナーゼ(リン酸化酵素)活性を持ち、自分のSP11が結合すると、リン酸化酵素活性が上昇することが示されている。

*3 リン酸化シグナル:自分の花粉が付着するとSP11リガンドがSRK受容体に結合し、SRKのキナーゼ活性を上昇させることが実験的に示されており、乳頭細胞内の何らかのタンパク質がリン酸化されることにより自分の花粉が付着したことを伝えていると予測されているが、実際にリン酸化される標的タンパク質の実体はわかっていない。

*4 YC3.60 (Yellow cameleon 3.60):人工的に設計したカルシウムセンサータンパク質。カルシウムイオンの結合に依存して相互作用するタンパク質のカルモジュリン(CaM)とM13を連結し、さらにそれを緑色蛍光タンパク質のシアン色変異体(CFP)と黄色変異体(YFP)で挟んだ構造を持つ。カルシウムイオンの結合によりCFPからYFPへのエネルギー移動(FRET)が変化することを利用してカルシウムイオン濃度を計測する。

*5 プロトプラスト:細胞壁分解酵素処理によって、表面を覆う細胞壁を除いた裸の細胞。乳頭細胞はワックスで覆われた厚い細胞壁を持つため、SP11リガンドが細胞膜上のSRK受容体と効率良く結合できるように細胞壁を除去した。

*6 グルタミン酸受容体の阻害剤AP-5:神経細胞のグルタミン酸受容体の一種であるNMDA型受容体を特異的かつ強力に阻害する。

*7 GLR:植物のグルタミン酸受容体。植物では約20の遺伝子がGLRをコードすると予測されているが、哺乳動物との類似性と相違性については未知の部分が多い。

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