植物の環境適応の過程で「水を取るか、病害菌から身を守るか」決め手となった仕組みを解明

2017/05/29

植物の環境適応の過程で
「水を取るか、病害菌から身を守るか」
決め手となった仕組みを解明

【概要】

 東京農業大学(世田谷区桜丘1-1-1)は、世界各地から採取したシロイヌナズナを用いて、自然界において植物が様々な環境に適応する過程で、浸透圧(水分欠乏)耐性を取るか病害抵抗性を取るか、その決め手となっている遺伝子を発見しました。これは、東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科の太治輝昭教授らが奈良先端科学技術大学院大学・千葉大学・理化学研究所など他機関との共同研究によって得られた成果です。

 今回の研究成果は、科学雑誌「Nature Plants」(オンライン版 ロンドン時間5月26日16:00、日本時間5月27日0:00)に掲載されます【プレス解禁日時:日本時間平成29年5月27 日(土)午前0時以降】。

本研究成果のポイント
  • 同じ種の植物であっても、浸透圧(水分欠乏)耐性を持つか持たないかを分ける決め手となるACQOS遺伝子を同定
  • ACQOS遺伝子の獲得と喪失の変遷から、植物における浸透圧耐性進化の一つの道筋を解明
  • ACQOS遺伝子は病害抵抗性に重要であり、その働きを失うことが浸透圧耐性の獲得につながることを解明

 干害・塩害・冷害は、植物が水を吸えなくなるストレス(浸透圧ストレス)により引き起こされる、農業上最も被害の大きな害として知られています。近年の研究により植物の耐性メカニズムの一端が明らかになりつつありますが、往々にして植物の成長や他の働きが悪くなるなどの弊害が伴います。そのような制限がある中で植物は様々な環境変動にどのように対応しているのでしょうか。自然界には極めて高い耐性を示す植物が存在する一方で、同じ種であってもそのような耐性が失われている例があります。植物が同じ種内でも耐性を持つ植物と持たない植物に分かれてきた進化的要因やその背景でどんな遺伝子が働いているのかに関しては不明でした。モデル植物として分子生物学的研究に広く利用されているシロイヌナズナは、世界中の様々な地域に生息し、その数は1000以上に上ります。これらは様々な環境条件に適応した結果、同じ種でありながら、浸透圧耐性に違いがあることが知られています。本成果では、そのような数百グループのシロイヌナズナを比較することで、ACQOSと名付けた遺伝子が浸透圧耐性の有無を決定することを明らかにしました。驚くことにACQOSは植物の免疫応答に重要な遺伝子でした。①ACQOSを有するシロイヌナズナは病害抵抗性に優れる一方で浸透圧耐性が損なわれること、逆に②ACQOSを失ったシロイヌナズナは高い浸透圧耐性を獲得するものの、病害抵抗性が低下することがわかりました。すなわち、ACQOS遺伝子の有無が病害抵抗性を取るか浸透圧耐性を取るかの決め手となることが明らかになりました。

図1
ACQOS遺伝子の有無によるシロイヌナズナの同一種内に見られる浸透圧(水欠乏)耐性の違い
Col-0: ACQOS有り、Bu-5: ACQOS無し(シロイヌナズナの種内グループ)
NIL-Bu-5: ACQOS無し(Col-0と同等のゲノムDNA背景で、ACQOS遺伝子領域のみBu-5由来のDNAに置き換えてACQOS遺伝子の働きを失わせたもの)
ACQOS遺伝子を有するCol-0は浸透圧耐性を損ない、ACQOSを持たないBu-5およびNIL-Bu-5は耐性を示す。
上段:染色体モデル、下段:浸透圧(水欠乏)耐性試験の結果
今後の期待

 ACQOS遺伝子は持つことで病害抵抗性が高まり、欠損することで著しい浸透圧耐性を獲得することから、植物工場のような乾燥にさらされない環境ではACQOSを有することで病害抵抗性を向上させ、乾燥が頻繁に起こる圃場ではACQOSを無くすことで著しい浸透圧耐性を向上させる等、環境条件に応じて植物のストレス耐性を最適な方向にデザインすることが可能になると期待されます。

 なお、この研究は科学研究費補助金(新学術領域研究(植物環境突破力、環境記憶統合)、基盤研究(C))、頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣事業などの支援を受けて実施されました。

主な参加研究者

東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科
  研究代表者 太治輝昭教授
   有賀裕剛(当時 博士後期課程)、香取拓氏、林隆久教授、坂田洋一教授

奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科
  西條雄介准教授、平瀬大志(博士後期課程)、田島由理特任助教

千葉大学大学院理学研究院生物学研究部門
  土松隆志准教授

マックスプランク植物育種学研究所(ドイツ)
  Maarten Koorneef(ディレクター), Jane E Parker(グループリーダー)

理化学研究所バイオリソースセンター
  小林正智室長、井内聖研究員

理化学研究所環境資源科学研究センター
  篠崎一雄センター長、榊原均グループディレクター

論文情報

Hirotaka Ariga, Taku Katori, Takashi Tsuchimatsu, Taishi Hirase, Yuri Tajima, Jane E. Parker, Rubén Alcázar, Maarten Koornneef, Owen Hoekenga, Alexander E. Lipka, Michael A. Gore, Hitoshi Sakakibara, Mikiko Kojima, Yuriko Kobayashi, Satoshi Iuchi, Masatomo Kobayashi, Kazuo Shinozaki, Yoichi Sakata, Takahisa Hayashi, Yusuke Saijo and Teruaki Taji "NLR locus-mediated trade-off between abiotic and biotic stress adaptation in Arabidopsis". Nature Plants, 2017 in press

naistar:http://hdl.handle.net/10061/11734(NAIST Academic Repository:naistar)
内容に関するお問い合せ

東京農業大学 生命科学部バイオサイエンス学科
  太治輝昭 t3teruak@nodai.ac.jp

リリースに関するお問い合わせ

学校法人東京農業大学戦略室 上田・後藤
  Tel03-5477-2300/Fax03-5477-2707

国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学
企画・教育部 企画総務課 広報渉外係 田中・吉村
  Tel0743-72-5026/Fax0743-72-5011

【詳細説明】

背景 

 干害・塩害・冷害は、植物が水を吸えなくなるストレス(浸透圧ストレス)により引き起こされる、農業上最も被害の大きな害として知られています。これまでに非常に多くの精力的な研究により、植物が浸透圧ストレスに対してどのように応答するのか遺伝子レベルで明らかとなってきましたが、自然界で浸透圧ストレスに耐性を示す植物がどのようなメカニズムでその能力を獲得してきたのかは不明でした。

 モデル植物として広く利用されているシロイヌナズナは、日本にも自生種が数種類あるように、世界中の様々な地域に生息し、その数は1000以上に上ります。先行研究においてそのようなシロイヌナズナ地域個体群350グループの耐塩性を調べたところ、高いものから低いものまで耐性には大きなバリエーションがあることを明らかにしました。特に耐性を示すシロイヌナズナの種内グループは、生育に影響を及ぼさない程度の浸透圧(水欠乏)あるいは塩ストレスを一定期間経ることで、極めて高い浸透圧や塩に対する耐性を獲得する「馴化機能」が優れていることを明らかにしました。本研究では、この浸透圧耐性の獲得能力について解析を行いました。

研究手法と成果

 はじめに200種のシロイヌナズナ種内グループを用いたGenome wide association study (GWAS) *1により、浸透圧(水欠乏)馴化耐性とシロイヌナズナグループ間のゲノム配列上の違い(一塩基多型:SNP)との相関を調べた結果、1つの遺伝子座がシロイヌナズナ間における耐性のバリエーションを制御していることが明らかとなりました。この遺伝子座を浸透圧馴化耐性の英語、ACQuired OSmotoleranceより、ACQOS遺伝子座と命名しました。このACQOS遺伝子座を特定するため、ACQOS遺伝子座のみ耐性シロイヌナズナであるBu-5グループ由来のDNAを持ち、その他全ての遺伝子領域を浸透圧耐性を持たないシロイヌナズナであるCol-0グループ由来のDNAに置き換えたNIL(準同質遺伝子系統)を作出しました(上記挿入図)。作出したNILの耐性と遺伝子型の解析より、極めて狭い領域にまでACQOS遺伝子座の位置を絞り込むことに成功し、その遺伝子領域のシークエンス解析から、耐性シロイヌナズナと感受性シロイヌナズナで大きな遺伝子欠損を起こしている領域を発見しました。この領域に含まれる遺伝子について相補試験*2を行った結果、浸透圧耐性を持たないシロイヌナズナでは1つの遺伝子が働いて浸透圧耐性を著しく抑制すること、すなわちシロイヌナズナ間の浸透圧耐性を制御する遺伝子、ACQOS遺伝子を特定することに成功しました。

 79種のシロイヌナズナについてACQOS遺伝子座のシークエンスを解読したところ、この領域にはACQOS遺伝子と塩基配列の似た遺伝子(ホモログ遺伝子)が1~4個並んでおり、5種類に分けられました。最も多いのがACQOS遺伝子を持っていない遺伝子型(2タイプ)で72%、ACQOS遺伝子を有するのは10%と少数派で、その他はACQOS遺伝子を有するものの塩基置換が複数箇所に認められ、遺伝子機能が失われた遺伝子型、あるいはACQOS遺伝子が部分的に欠失(削除)している遺伝子型でした。これらの浸透圧耐性を調べると、ACQOS遺伝子を有するシロイヌナズナのみが浸透圧耐性を失っており、その他は全て浸透圧耐性を示しました。ACQOS遺伝子を有する遺伝子型と、ACQOSを有するものの塩基置換が複数箇所に認められる遺伝子型について、ACQOS遺伝子周辺の塩基多様性を調べた結果、ACQOS遺伝子内の塩基多様性はゲノムの平均的な塩基多様性と比較して著しく高い、つまりACQOS遺伝子にはその配列を変える方向に高い選択圧がかかっていることが分かりました。実際に、塩基置換が複数箇所に認められるACQOS遺伝子は、その塩基置換により機能不全になっていて、浸透圧耐性を抑制しないことが明らかとなりました。これらの結果は、ACQOS遺伝子を生み出したシロイヌナズナは浸透圧耐性が抑制されることになったものの、その後にACQOS遺伝子内に点変異や欠失が生じることでその働きを失い、その結果浸透圧耐性を改めて獲得したことを示唆します。

 驚くことに、ACQOS遺伝子は既知の浸透圧ストレス応答の制御遺伝子に類似した特徴は持たず、植物の免疫センサーとして働く、TIR-NLR*をコードする遺伝子でした。NLRは病原菌が放出するエフェクター*やエフェクターが引き起こす植物細胞の撹乱状態を認識し、植物の免疫応答の鍵制御因子であるEDS1/PAD4と協調して免疫応答を誘導します。ACQOS を持たないシロイヌナズナは浸透圧ストレス下で免疫応答を誘導しませんが、ACQOSを有するシロイヌナズナは、浸透圧ストレス下においてサリチル酸*の過剰な蓄積や防御応答遺伝子群の過剰な誘導を起こすことが明らかとなりました。またACQOSを有するシロイヌナズナにおいてEDS1/PAD4を欠損させると、過剰な免疫応答が起きない結果、浸透圧耐性を獲得することが分かりました。すなわち、ACQOSが厳しい浸透圧ストレス下において免疫応答を過剰に誘導してしまう結果、浸透圧ストレスが損なわれることが明らかとなりました。

 最後にACQOSを有する利点があるのか調べるため、ACQOSの病害抵抗性への寄与について調べました。その結果、ACQOSを有するシロイヌナズナは、ACQOSを持たないシロイヌナズナと比較して細菌のフラジェリン(flg22エピトープ)を認識すると誘導される防御応答並びに病原細菌(Pseudomonas syringae pv. tomato strain DC3000)に対する抵抗性が高まっていることが明らかとなりました。

 本研究により、シロイヌナズナにおいて病害抵抗性と浸透圧耐性のトレードオフによりACOQSの機能型及び機能不全型がともに維持されてきたこと、すなわち、シロイヌナズナが世界各地の様々な環境条件に適応していく過程で、ACQOS遺伝子の働きを得たりあるいは失ったりする方向に選択圧を受けてきたことを示唆しています。

今後の期待

 ACQOS遺伝子を持てば病害抵抗性の強化に、欠損すれば著しい浸透圧耐性の獲得につながることから、植物工場のような乾燥にさらされない環境ではACQOSを有することで病害抵抗性を向上させ、乾燥が頻繁に起こる圃場では、ACQOSを無くすことで著しい浸透圧耐性を向上させるなど、環境条件に応じて植物のストレス耐性を操作することが可能になると期待されます。

<補足説明>

*1 Genome wide association study (GWAS)
ゲノムをカバーする数十万カ所の一塩基多型(SNP)と表現型との相関関係を統計的に明らかにする手法。ヒトでは、疾患とSNPとの関連を明らかにするために用いられる。

*2相補試験
原因遺伝子の確認に用いられる手法の1つで、ある遺伝子の機能を失った植物に対し、対象遺伝子を導入することで、機能が回復(相補)するかを確かめる試験。

*3 TIR-NLR
Toll and interleukin1 receptor-nucleotide binding leucine-rich repeatの略で、NLRの一種。NLRは、ヒトを始めとした哺乳動物においても免疫センサーとして重要な働きを担っている。

*4エフェクター
病原体が持つ感染促進因子。

*5サリチル酸
植物ホルモンの一種で、病害応答などで重要な役割を果たす。病害応答の他、発芽,呼吸,低温応答や老化などの生理作用が知られている。

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