本日、奈良先端科学技術大学院大学の博士前期課程に入学された320名の皆さん、また、博士後期課程に入学・進学された68名の皆さんを、本学の教職員を代表して歓迎いたします。また、新入生のご家族の方々にも、お祝いを申し上げます。

 本日入学された新入生の中には、世界12ヶ国・地域からの40名の留学生諸君が含まれています。皆さんが入学されたことにより、奈良先端大に在籍する留学生は、284名となり、学生の約4人に一人が海外からの留学生という国際的なキャンパスとなります。

 Big congratulations also to the international students who have decided to leave their home countries and entered our graduate programs today. About 30 years ago, I also left my home country, Japan, to study and work abroad.I believe that you have made a challenging but worthwhile decision.

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ観点から、この度の入学式はアカデミックチャンネル、およびインターネット配信の形で開催しています。幸い、これまで本学の学生さんに感染者は出ておりませんが、国内外いずれも現在の状況は決して安心できるものではありません。一方で、このウイルス感染症が2019年12月に発生して以来、多くの犠牲を払いながらも、医療関係者や研究者の努力のおかげで、COVID-19と名付けられたこの感染症について多くのことが明らかになってきました。

 その中でも特に重要なことは、この感染症は私たち一人ひとりの行動によって、その拡大をコントロールすることが可能であるということです。自らの行動が周囲の身近な人々、そして社会に影響を与える可能性があることを自覚することが求められています。いわゆる「3密」を避けるための行動です。さて、みなさん、「3密」は海外で何と呼ばれているかご存知でしょうか?

 英語で「3密」は、コロナ集団感染を防ぐために避けるべき "Three Cs"、すなわち3つの "C" と呼ばれています。

 1つ目は、"Closed spaces"、つまり密閉空間です。

 2つ目は、"Crowded places"。これは人が密集している場所ということです。

 そして3つ目は、"Close-contact setting"、つまり他の人と近距離での接触がある状況ということです。ですから、日本でいう「3密」と内容は全く同じです。

 本日の入学式にあたっては、それとは全く違う "Three Cs"、3つのCを、これから奈良先端大で最先端の科学技術を学び、研究する大学院生となるみなさんに、紹介したいと思います。この3つのCは、米国コロンビア大学のMatthew Lipman教授によって提唱されました。Lipman教授は、「子供にも哲学を」という運動の創始者として有名ですが、論理的思考をいかに教育するかという課題をとりあげた "Thinking in Education"という著書の中で、思考の3つの重要な側面として "Three Cs" を提唱しました。

 この本は、2003年に出版された本なのですが、最近、Lipman教授が提唱した3つのCが再び注目を集めています。その理由は、35歳の若さで台湾のデジタル担当大臣に就任し、台湾におけるコロナ感染症の封じ込めに貢献したことで現代のヒーローとも言える存在になった Audrey Tangさんです。Tang大臣は、小学3年生の時に台北で子供向け哲学教室に参加し、この3つのCに従った思考・討論の習慣を身につけ、現在にいたるまで、どんな問題・課題に取り組む時にも、この3つのCを意識して思考し、結論を導き出していると言われています。

 それでは、この3つのCを一つずつ紹介しましょう。

 1つ目のCは、"Critical thinking"。日本語では、「批判的思考」と訳されますが、「批判的」というと他人を攻撃するようなニュアンスを感じる人もいて、誤解をまねくかもしれません。むしろ、他人だけでなく、自分の論理や考え、さらには関連した証拠や情報の内容も客観的に分析し、その選択肢や結果を偏りなく評価するような思考方法と理解すると良いでしょう。

 2つ目のCは、"Creative thinking"。「創造的思考」と訳せます。つまり、ある問題に対して、既に存在する概念や着想を超えて、もっと独創的な、自分らしいアイデアを生み出す思考です。その重要性は、科学技術分野を志すみなさんには、説明の必要はないでしょう。
 
 そして最後、3つ目のCは、"Caring thinking" 。この言葉の正式な日本語訳はありませんが、「思いやりある思考」とでも訳せるでしょう。「思いやり」は感情ですが、Lipman教授は、我々の判断、選択の基盤には感情があり、1つ目のCritical thinking、そして2つ目のCreative thinkingのいずれも、この3つ目のCaring thinkingと切り離せないと論じています。自分の考察や意見を、他の人がどのように受け取るか、どのように理解するかを意識しながら思考を進めることで、独善的な考えに陥るのを避けることができます。

 皆さんが取り組む大学院での学びは、研究室で自らの研究テーマに取り組むことが、その中心であり、今、述べた3つのC、すなわち Critical thinking、Creative thinking、そしてCaring thinkingのまたとないトレーニングの場となります。小学校から高等専門学校や大学では、授業を受けてその理解度をテストで測ることが教育の主な形式ですが、大学院では自らの研究テーマにおいて、たとえ小さくても世界初の breakthrough を成し遂げることで、修士号あるいは博士号を得て、卒業することができます。そのbreakthroughに必須なのが3つのCの思考法なのです。

 そして、最後に強調しておきたいのは、先ほどのAudrey Tang大臣の例をあげるまでもなく、この3つのCの思考法は、科学技術研究だけでなく、社会の様々な課題や日常生活における問題に取り組む場合にも、非常に役立つスキルとなります。最先端の研究の場を教育の場とするこの大学で、みなさん一人ひとりが知識だけでなく、3つのCの思考スキルを身につけ、将来、社会のさまざまな分野でヒーローとして活躍していただきたいと思います。それが、奈良先端大、そして私たち教職員のミッションです。

 ようこそ、奈良先端大へ。

令和3年4月5日

奈良先端科学技術大学院大学長 塩﨑一裕