読売新聞寄稿連載「ドキ★ワク先端科学」から~

第46回:物質創成科学研究科 生体プロセス工学研究室 細川陽一郎教授〔2017年3月21日〕
「レーザーで細胞を手術」

細川陽一郎教授
細川陽一郎教授

 レーザーを知らない人はいませんが、その機能はと聞かれると、答えるのはなかなか難しい。直感的な理解としては、皆さんの思い浮かべる「一つの方向に進む、強い光を出す装置」ということで良いのです。

 顕微鏡で細胞を観察する際、背景全体を明るくする光とは別に、レーザー光を集めて狙った場所に当てると、細胞よりずっと小さな光の点を作れます(図1)。その点の大きさは、一つの方向に向かうレーザー光の性質のおかげで、バラバラな方向に広がるランプの光を集めるよりも小さくできます。

 強いレーザー光を集めた点では、日常ではあり得ないような、特異な光の性質が現れます。その性質を利用すれば、細胞を自在に操ることができるのです。

図1
(図1)複数の鏡を経由して、顕微鏡に取り込まれるレーザー光

 まず、レーザーを使って細胞を切ることができます。太陽の光をレンズで黒い紙に集めると燃え出すように、レーザー光を細胞の1か所に集中させると、小さな穴を開けたり、切り取ったりできます。

 その穴は、細胞自身が傷ついたことに気づかず、死なないくらい小さいもの。穴から細胞内に薬剤やDNAを注入して、細胞を治療したり、変身させたりできるのです(図2)。

 レーザーを使って、細胞一つひとつを動かすこともできます。レーザー光が細胞に入った後、屈折によって光の進行方向が変わり、細胞を動かす力が生じるのです。

 光が曲がる時に発生する力は、私たちも常に受けているのですが、その力はごく弱く、通常は感じることがありません。しかし、強いレーザー光を、非常に小さな細胞に集めて照射した場合は別。まるで磁石で吸い寄せられるように、細胞がレーザー光に集まる様子を、顕微鏡で見ることができます。

図2
(図2)孵化(ふか)した直後の魚の細胞(矢印)にレーザーを照射し、光る細胞を作った

 私たちの研究室では、このようなレーザーの力を利用して細胞を生きたまま加工する技術の開発に取り組んでいます。レーザーの色(波長)や強さ、照射する時間を調節して、細胞に穴を開けたり、切ったり、動かしたり、さらにはもっと巧みな操作もできるようになりました。

 近い未来、「体をメスで切る」手術ではなく、「細胞をレーザーで操る」といった超高度な手術が実現するかもしれません。