~広報誌「せんたん」から~

内藤昌信特任准教授、信澤和行特任助教

省エネ、高輝度に発色する

地球環境の保護が優先される時代である。温暖化防止の対策として産業や生活の様々な場面で省エネがせまられる。さらに、東日本 大震災の原発事故の影響による電力の不足が緊急の課題としてかぶさってきた。このような時代の要請は技術革新を強力に後押しする。日本が最先端を走る環境フォトニクス(光工学)の研究分野からは、エネルギー消費を抑えるだけでなく、優れた機能を発揮させる新 たな物質の開発や応用の研究成果が生まれている。

内藤特任准教授らの最近の大きな成果の一つは、次世代の3次元テレビ画面に使う省エ ネ、高輝度の発光材料の開発だ。素材は、液晶より鮮明と言われる有機EL(エレクトロル ミネッセンス)。この材料は自ら発光し、液晶のように背後から光をあてる必要がないので使用電力が少なくてすむ。これを3D用に画期的な性能を持つ新材料に仕立て上げるのだ。

一般的な3次元テレビの場合、画面が左目 用の画像と右目用の画像を交互に表示するのに同期して、観賞用のメガネがシャッターを開閉する。その結果、左右それぞれの眼で異なる画像を見ることになり、立体視できる仕組み。しかし、一定時間内に送られる画像の 枚数が通常の半分になり、暗くなるので、左右の画像を分離する偏光フィルターという装置にかける電力量を上げ、輝度を増している。

「偏光フィルターを使わなければ、消費電 力をかなり下げられる。光源となる発光材料に、左右2種類の円偏光(1方向に円を描くように進む光)を発生させる機能を持たせ、それに画像を載せて同時に送れば、偏光フィルターがいらず、輝度も確保できるという発 想です」と内藤特任准教授は説明する。

シクロデキストリンの分子でパッケージ

そこで、開発に成功したのが、安価な天然 の材料である糖(グルコース)が6-8個、輪(環状)に結合した「シクロデキストリン」と いう化合物を使う新材料だ。この化合物は、鏡で映したような2種類の立体構造(光学異 性体)を持つので、光線を通すと立体構造の 違いにより左巻き、右巻きの円偏光に誘導で きる。このことから、左右それぞれのタイプ のシクロデキストリン分子の内部に包み込む ように発光材料を結合させて、望みの方向の 円偏光を出すことに世界に先駆け成功した。さらに、発光性もよくなり、扱いやすいフィ ルム状に仕立てることができた。

「円偏光の発生する割合をもっと強くする 工夫が課題。3原色を同じ度合いの円偏光の 強度で発生できれば、表示画面だけではなく、 円偏光の方向で偽札を見分けるなどセキュリ ティのための塗料や高密度のメモリーとしても使えると思います」と抱負を語る。

また、右巻きの立体構造を持つタンパク質 (フェリチン)を鋳型に利用して化合物半導体 (硫酸カドミウム)を合成し、円偏光を発生さ せるとともに、レーザーの照射で色を変化さ せることにも成功している。

  • 円偏光発光を示すピレン誘導体とシクロデキストリンの包接錯体
    円偏光発光を示すピレン誘導体と
    シクロデキストリンの包接錯体
  • 岡山県玉野での臨海試験結果(9ヶ月)
    岡山県玉野での臨海試験結果
    (9ヶ月)
タンパク質を鋳型にした円偏光発光性量子ドットの創成
タンパク質を鋳型にした円偏光発光性量子ドットの創成

ナノ分子が船の摩擦を減らす

もう一つのテーマは、船舶の省エネ効率を 上げる船底の塗料の開発だ。航空機より石油の消費が少ない船の利用が盛んになっているため、さらなる低炭素化の効率の向上が迫ら れている。内藤特任准教授は「摩擦を少なくして、燃料の消費量を下げるような塗料です。 塗膜の分子の形を変えることによって、表面 を海水が流れやすくする仕組みです。ナノ (10億分の1)メートルサイズの分子の形状 が巨大な船舶の動きに影響していることがわかって、とても面白い」と説明する。

内藤特任准教授はポスドクだった2001年 に米国・カリフォルニア大学アーバイン校に 留学して、分子鋳型の方法に出合い、それを 使った高分子の研究を手掛ける。そのあと、帰国して本学の藤木道也研究室の助手を務めた。「基本的には、分子の細部の形(構造)や、分子が集合体になったときの特異な形状から、うまく機能を引き出して実際に役立つところ まで持っていくのが研究方針です。そのためには、研究に対する視野だけでなく、異分野 の研究者ら幅広い人的つながりによるコラボレーションが不可欠です。自分の研究をうまく理解してもらえるように伝えることが大切で、その点の学生の教育にはかなり時間をさいています」という。

また、「実験がうまくいくかどうかは、時の運もある。むしろ失敗を逆手にとって新しい現象を見出だした方が面白い」とも。そのたゆまぬパワーの源は剣道5段という腕前からもうかがえる。

夢の実現に期待

研究室で学生たちと

一方、信澤特任助教は、炭素原子60個が サッカーボール状に結合した「C60」という物 質をシクロデキストリンに内包させたうえで、 液晶の中に平面的、立体的に整然と並べる研 究を続けている。C60は半導体の性質があるので、再生可能エネルギーを作り出す次世代の有機太陽電池の材料としても有望とされる。それだけに「特性を十分に引き出せるC60の配置を実現していきたい」と意気込む。

「最初からうまくいく研究はあまりない。 とにかく諦めないで、何が原因か、何を改良したら成功するか、常に考え続けることです」。趣味は自転車で「緑が多く、車も少ないので学内の愛好者は多い。週末にキャンパ スや周辺を走りまわることが、健康にも仕事 にもよい影響を与えている」という。

若い研究者の成果も出始めている。博士前 期課程2年の芝口廣司さんは、7月に第57 回高分子研究発表会でエクセレントポスター賞を受賞した。ピレンという炭素化合物とシクロデキストリンを結合すると、強い円偏光 を発生することで知られるが、この化合物を 室温に置いたまま、しばらくすると凝集し、円偏光の方向が反転することなどを発見したのだ。

「ピレンを使った材料には1分子のときと、2分子が結合したときで発色が異なるものがあります。このように条件を変えて、さまざまな色を出し、センサーなどに応用できたらいい」と次なるテーマへの意欲を見せる。「研究生活はそのときの結果によって悲喜こ もごもですが、欧米の大学への留学制度など はとてもありがたいと思っています」と話す。

博士前期課程1年の深尾高晴さんのテーマもピレンとシクロデキストリンで、この2つを2分子ずつ結合させ強度の円偏光を発色する合成法を調べている。「文献を参考にしながら、既知の合成法をもとにどのような順番で結合すればバラつきなくできるか、細部にわたるまで試しています。学部時代は天然物の合成をしていましたが、できた物質の特性 まで解明したくて、本学を選びました。さまざまな分野の出身の人から知識が得られるのですごく刺激になります」と語る。

博士前期課程1年の中村裕亮さんは、無機 物と有機物をハイブリッドにした膜をつくっている。二酸化炭素の排出がほとんどない燃 料電池の材料で、そのエネルギー源として必 要な水素イオンを透過する膜だ。方法はユニークでタバコモザイクウイルス本体により膜 を貫通する空洞を開けて鋳型にする。「ウイルスはタバコの葉で増殖させるのですが、葉 が1キロも必要なので、生育段階ではバイオ サイエンス研究科の協力を得ています。研究科を越えてどの研究室に行っても親切に教えてもらえ、研究設備も素晴らしい」と満足気だ。