~広報誌「せんたん」から~

[2014年1月号]
バイオサイエンス研究科 分子免疫制御研究室 河合太郎准教授

河合太郎准教授

急速に進展する研究

人間の体内に侵入するウイルス、細菌など病原体を認識して排除する免疫のシステムの中で、その入り口で真っ先に迎え撃つ「自然 免疫」の役割が非常に重要であることがわかってきた。病原体特有の構成成分を感知して、炎症を起こすなどして排除する仕組みが詳細に解明されている。また、自身の体内の成分に反応して起きる自己免疫疾患や、花粉症など環境因子によるアレルギーの病気に関連しているともみられている。

動物の免疫の仕組みには、病原体の区別なく抑える「自然免疫」と、病原体の種類を見極め、それに合った抗体をつくって対抗する 「獲得免疫」がある。

河合准教授は「自然免疫の仕組みの全容を明らかにするのが一番の目的です。獲得免疫の研究に比べて、自然免疫については、それほど研究されてこなかった。しかし、いまは、病原体が感染する最初の段階で発見する細胞のアンテナ分子(受容体)がわかるなど急速に進展していて、どのような受容体があり、何を認識し、自然免疫の細胞を活性化するのか。その仕組みを解明しようとしています」と説 明する。

自然免疫を担当する細胞には病原体を食べてしまうマクロファージ(食細胞)や、病原体 の抗原を他の免疫細胞に提示する樹状細胞などがある。1990年代後半に、これらの細胞が病原体を発見するセンサーとしてToll様受容体というタンパク質を持っていることが判明してから、一気に研究が盛んになった。他のセンサーも見つかっており、河合准教授らは、未知のセンサーの発見やその情報伝達の機構、細胞相互の作用など詳細の解明に挑んでいる。また、尿酸やコレステロールなど自己の成分に対しても、自然免疫センサーが誤って異物と認識し、万病の元である炎症を起こす仕組みにも目を向ける。マウスの実験で病気を起こす仕組みや、治療のための免疫賦活剤などの開発研究も行っている。

  • 免疫システムは自然免疫と獲得免疫に分かれる。自然免疫は病原体の発見や初期攻撃を行うと同時に抗体を産生するB細胞や感染細胞を殺傷するキラーT細胞といった獲得免疫系の誘導にも必須な役割を果たしている
    免疫システムは自然免疫と獲得免疫に分かれる。自然免疫は病原体の発見や初期攻撃を行うと同時に抗体を産生するB細胞や感染細胞を殺傷するキラーT細胞といった獲得免疫系の誘導にも必須な役割を果たしている
  • 自然免疫を司る細胞にはToll-like receptor (TLRs)が発現しており、病原体の成分を察知するアンテナとしての役割を果たしている。細胞内ではMyD88というアダプター分子を介して炎症関連遺伝子の発現が上昇し、その結果炎症反応等が引き起こされる。MyD88を破壊したマウスでは細菌の内毒素を含め様々な病原体成分に対する免疫応答が欠如している
    自然免疫を司る細胞にはToll-like receptor (TLRs)が発現しており、病原体の成分を察知するアンテナとしての役割を果たしている。細胞内ではMyD88というアダプター分子を介して炎症関連遺伝子の発現が上昇し、その結果炎症反応等が引き起こされる。MyD88を破壊したマウスでは細菌の内毒素を含め様々な病原体成分に対する免疫応答が欠如している

インターフェロン生産の引き金物質を発見

最近の成果を紹介しよう。ウイルスが感染すると、排除のために細胞からインターフェロンなど生体防御のタンパク質が分泌される が、その生産を活性化する引き金の物質を見 つけた。細胞膜に含まれる「イノシトール5リン酸」という脂質(リン脂質)。この物質が インターフェロン合成の遺伝子を働かせる転 写因子というタンパク質に結合することで、リン酸化酵素が近づき易くなり、転写因子のリン酸化を促進することにより、インターフ ェロンの生産を活発にしていた。

さらに、この物質を樹状細胞に与えるとインターフェロンを作り始めたことから、マウスの実験を行い、体内の抗体作製能力を強め る「免疫賦活化能」があることを突き止めた。河合准教授は「イノシトール5リン酸は、自然免疫の応答に重要な物質であることがわかりました。また、生体内の物質なので安全性 の高い免疫賦活化剤としての活用が期待できます」という。

予想外の結果こそわくわくさせる

「自己と非自己を着実に見極める免疫の仕 組みに興味をもっていた」という河合准教授 は大学院生のときから、自然免疫の研究で世 界的に知られる審良(あきら)静男・大阪大学 教授の研究グループにいて、学位論文の研究 で大きな発見に巡り合った。

特定の遺伝子を破壊したマウス。その遺伝子のもつ機能を理解する為に免疫の研究ではよく用いられる
特定の遺伝子を破壊したマウス。その遺伝子のもつ機能を理解する為に免疫の研究ではよく用いられる

情報伝達に関わる特定の分子(MyD88と呼 ばれるアダプター分子)の遺伝子を失くしたマウス(ノックアウトマウス)を作り、敗血症の原因物質である細菌が持つ内毒素(リポ多糖)を投与したところ、マウスは過度の炎症 を起こさず生き続けた。不思議に思い調べたところ、通常なら内毒素に反応して分泌される悪玉炎症物質が全くなかった。つまり、この内毒素を認識した受容体からの信号を伝える重要な分子の遺伝子を壊していたことになる。この結果がきっかけになり、伝達経路を 遡ってToll様受容体の実態が明らかになって いった。

「予想外の結果が出るのが一番、面白い。とんでもない分子がみつかったというわくわく感がありました」と振り返る。一方で「論文として掲載されたことは、競争に勝った証拠ですが、世界中で同時期に同じ研究をして いる人は絶対いる。成果をいかに速く報告す るか。先を越されたときは残念です」という。学生に対しては「指示された実験をこなすだ けではなく、自分で考え、疑問点を見つけて自分で解くことが基本姿勢として大切」と自主性の勧めを説く。

本学については「准教授で独立した研究室を持ち、運営できるところが素晴らしい。研究のレベルが高く、研究重視でテーマも自由に選べ、設備環境も整っています」と評価する。「学生もモチベーションが高い。全国の大学院で免疫を専門に研究できる講座は未だ少ないので、就職にも有利ですが、研究者志向の学生がもう少し増えてくれれば」。

バイタリティを感じさせる河合准教授は、小学時代は剣道と水泳、中学からはテニスとスキーを続け、米国留学中にゴルフや釣りを覚えるなど根っからの体育会系だ。