~広報誌「せんたん」から~

[2015年5月号]
物質創成科学研究科 凝縮系物性学研究室 大門寛教授、服部賢准教授

廣田俊教授、松尾貴史准教授

活性中心を見る科学の誕生

ド平成26年度文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「3D活性サイト科学」の拠点開所式(平成26年9月3日)
平成26年度文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「3D活性サイト科学」の拠点開所式(平成26年9月3日)

原子数個から数十個の大きさであるナノ(10億分の1 メートル)の世界では、物質が本来持っている性質とは異なった様相を示す。とくに固体の表面では、原子のレベルで操作して望ましい機能を持った新素材に仕立てあげることができるのだ。

凝縮系物性学研究室では、そのような新物質を作り、その特性を測定し、原子の構造や、原子に含まれる電子が動き回るようすを解析する。こうした成果は、コンピューターの素子や化学反応を進める触媒、人工光合成など、次世代の科学技術を支えるナノサイズの新材料として生かされる。

この分野の実績を背景に、大門研究室は昨年から、文部科学省科学研究費補助金の新学術領域研究「3D活性サイト科学」の全国拠点になった。

これは、結晶状態にならない物質の立体的な原子配列を可視化する研究だ。これまでは、結晶構造を持てば立体的な原子配列を調べることができたが、例えば、シリコンに半導体の機能を持たせるために添加した不純物は結晶構造を持たないので、それが結晶の中でどのような原子配列をしているかわからず、手探りでベストの条件を見つけなければならなかった。半導体の不純物のほか、触媒の反応中心、タンパク質の活性中心など、まさに機能を実行する「活性サイト」の三次元局所原子配列構造がわかれば、格段に研究が進み、思い通りに有用な物質がつくりだせる。

「物質の中のごく一部の原子が全体の性質を決めています。そのようすについては、我々が開発してきた方法だと精度よく立体構造が見えるので、そうしたデータをもとに効率や性能がよい新物質を作ろうというのが趣旨です」と大門教授は説明する。すでに全国の研究者約90人が参加を申し出ており、成果はデータベースとしてウェブで公開される予定なので、大きく広がりそうだ。

独自に進化した装置

こうした研究の発展の背景として、研究室には世界に例のない独自開発の装置がある。1つは、世界最大の「超真空試料作製複合評価システム」。本学の創設当初に赴任した大門教授、服部准教授らが、あらかじめ装置の大きさに合わせて研究室のスペースを設計しておき、作り上げた。中央の太いパイプは長さ10メートルで超高真空に保たれる。10ヶ所で枝分かれしていて、それぞれの先に物質の作製装置や解析装置がつながっているので、超高真空内部で試料作製から解析までの実験が完結する。試料をスムーズに移動できることから「トロッコ」の愛称がある。

もう1つは、「二次元表示型光電子分光装置」。強い光であるX線を試料に当てると、そのエネルギーにより原子から電子(光電子)が飛び出す現象を使うことにより、電子の状態や原子の構造がわかる。大門教授らは、光電子を反射して集める凹面鏡のような電子の壁を作り、一度にすべての電子の運動量が測定できるようにした。また、この装置は、大型放射光施設「SPring-8」で原子配列構造の立体写真の撮影などに使われている。

大門教授には「研究は二番煎じではなく、独自の仕事を」との思いがある。「35年間、放射光を使った研究を続け、本学に赴任して装置を開発したことで花が開き、さらに新たな分野をスタートすることになった。感慨深いですね」と振り返った。

さまざまな機能を持つナノ構造体

鉄シリサイド・ナノ構造体(e)の三次元逆格子空間マップ(a、b:上から見た断面図、c、d:横から見た断面図)。逆格子自動解析は、共存する多様な結晶タイプや配向の判別を可能とする
鉄シリサイド・ナノ構造体(e)の三次元逆格子空間マップ(a、b:上から見た断面図、c、d:横から見た断面図)。逆格子自動解析は、共存する多様な結晶タイプや配向の判別を可能とする

服部准教授は、固体の表面で励起した電子が原子に及ぼすふるまいなどについて研究している。例えば、光がないとき電気が代わって化学反応を進める光触媒、半導体内の電子が走る領域(エネルギー領域)が表面に近づいて曲がるバンド湾曲という性質を利用して、LSI(大規模集積回路)のスイッチをつくるなどのアイデアについて基礎実験を行っている。表面の電子状態、原子の構造がわかる走査型トンネル顕微鏡などを使ってさまざまな現象を観測するのだ。こうした研究から、LEDに使われる窒化ガリウムを仕上げの時に研磨せず、真空下でクリーニングすると表面が傷つかないので、発光効率が100倍以上明るくなることも発見している。

「表面層は内部と構造が異なるので、実にいろいろな機能を持つナノ構造体として応用できることがわかります」と服部准教授。

また、ナノ構造体の物性を引き出すために、電子の波の性質を利用した「電子回折」という手法を使い、電子が散乱するパターンを一枚だけ撮るのではなく、試料をぐるぐる回転させて何枚も撮り、三次元空間にマッピングして解析する方法を考案。自動的に解析するプログラムも開発した。

「このような研究の実験装置は、ほとんどが独自開発の手作りと言えるもので、学生の教育にも非常に役立っています。開発途中で困難に直面しても動じない精神が養われます。この研究室の方針は守っていきたい」。

新たな現象をみつけた

研究室で学生たちと
高性能の装置が陣取る中で、若手も意気盛ん。

マレーシアの国費留学生で、博士後期課程3年(学年は2015年3月取材当時。以下同様)のヌル・イダユ・ビンティ・アヨブさんは、半導体のバンド湾曲について研究している。「新しいタイプの現象をみつけることができました。それを解析し、論文を審査してもらっています」と満足気。半導体の研究の中で物理学に興味があり、本学に。「マレーシアでもIT 産業は盛んですが、基礎物理学の研究ができる環境は少なく、その点、本学の教育や設備はすばらしい」と話す。将来はマレーシアの国立大学の教員を志望する。

博士後期課程2年の広田望さんは、半導体を触媒反応に使う研究だ。「通常、熱で起こす触媒反応を電気のエネルギーで電子を励起させます。最近、それが実現できるという証拠をつかんだところです。原理的には既存の触媒と異なるので、いままでできなかった反応が期待できます」と抱負を語る。研究は「難しいとか考えずに、実行する」が信条。

博士前期課程2年の橋本由介さんは、酸化鉄の一種で、二価と三価の鉄原子が混じった鉱物の磁鉄鉱が持つ電荷秩序転位について調べている。「高専で機械設計を学んでいましたが、原子レベルでの材料設計を学ぶために入学しました。出身分野の異なる学生同士が自分の強みを生かしつつ研究に取り組むため、大学院大学は非常に刺激的です」と意欲を見せている。