~広報誌「せんたん」から~

[2016年9月号]

多発する突然変異

親から子に遺伝子・DNAが正確に複製されて伝わることにより種は保存される。ところが、 DNAが傷ついて遺伝情報を記した塩基の一部が変化すると直ちに修復されるものの、一部は 突然変異の個体になって多様性や進化の原動力になる。こうした生物の基本の営みについて、原核生物分子遺伝学研究室は、モデル生物である大腸菌を材料に、その謎を分子レベルで解明してきた。

DNAの複製は、まず二重らせんの構造をしたDNAが先端から一本ずつにほどけてY字型の構造になる。次いで、2つに分かれた一方の 「リーディング鎖」では、DNAの先端の塩基から順番に酵素が複製するのに対し、他方の「ラギング鎖」では逆方向にDNA断片(岡崎フラグ メント)をつなぐ形で行われる。真木教授は 「リーディング鎖」に傷があるとそこで複製が止まり、「ラギング鎖」の場合は、傷を乗り越えて進行することを発見した。

これをきっかけに研究を展開している。 「DNA上の傷で複製が止まると、それをモニターして複製を再開させる細胞内の仕組みが働きますが、無理だとわかると、異常な遺伝情報が伝わらないように細胞死させる。生体内では、かなりの確率で突然変異が起きていて、ヒ トの発がんの問題とも関連しています」と真木教授。

新たな酵素を発見

その研究の過程で見つかったのがDNAポリメラーゼ(合成酵素)4という酵素だ。通常の DNAを複製する酵素(DNAポリメラーゼ3)とは別の種類の酵素で、DNAの傷を乗り越えて複製するとともに、傷の有無にかかわらずポリ メラーゼ3を阻害することなど未知の機能を持つことが分かった。

また、大腸菌の培養条件を、ヒトの大腸内 にいるときのように、貧栄養、低酸素の状態にしたときに、反応性が高い酸素ラジカルによる損傷が多発することもつきとめた。酸素が通常の100分の1程度になると、細胞内で電子を伝達するシトクロームCという酵素の働きが低下して、電子が溜まり、直接、酸素を ラジカル化しているとみられる。「がん細胞も低栄養、低酸素状態で突然変異を起こし、悪性化していく。その現象と関連する可能性があります」と推測する。

真木教授は「生物は、通常は遺伝子を変えずにいて、周囲の環境に大きな変化が起きると、 突然変異を多発して進化していくのかもしれません。進化の力をコントロールして生物の新たな能力を生み出す進化工学に結び付けられたら」と期待する。

このような幅広い視野で研究してきた真木教授は「一番大切なのは好奇心。学生がテーマ に取り組んで、あれこれ考えるうちに本当の好奇心につながる」と話す。吹奏楽の金管楽器、 フレンチ・ホルンの奏者でもあり「音楽は、全宇宙共通の音を自分なりに解釈して演奏するとこ ろがサイエンスに似ています」。

複製が止まる

秋山准教授は、DNAポリメラーゼ4などについて、DNAが傷ついたときに複製の速度を遅くする仕組みがあることを証明した。「複製にかかる時間を伸ばし、DNAの傷を修復する余裕を細胞に与え、複製を慎重に行うということではないか、と考えています」。

また、DNAの複製が止まりやすい場所を大腸菌ゲノム上で初めて明らかにした。その場所は、「チミン飢餓死」という現象により、DNAが不安定になり、壊れ始める特定の領域と完全に一致する。この現象は、チミンという塩基を含むチミジル酸を合成する酵素を持たない菌株はチミンを含まない培地で劇的に死んでいくというもので、大腸がんなどで広く使われている抗がん剤が効く仕組みでもある。「複製が最初にそこで止まるということが、この現象の一番の引き金になっている可能性があります。詳細を調べていますが、薬剤ターゲットの開発と結びつくかもしれません」と語る。

学生時代にDNAの働きを支える酵素の講義を聞いて感銘を受けたのがきっかけで研究の道に。研究に対しては常に「ネバー・ギブ アップ(諦めない)」。本学は多分野の人材が集い、連帯感が強いところが気に入ってい る。趣味は映画観賞で『スターウォ―ズ』シ リーズは全作、映画館に足を運んだ。

古郡助教のテーマは、DNAを複製するポリ メラーゼと、DNAを切断するヌクレアーゼ(核酸分解酵素)の研究。その中で、DNA複製の際、きれいな二重らせんにならず外に飛び出した十字架のような構造をとるDNA配列がある と、その領域の二本鎖DNAを大腸菌Mre11/Rad50ヌクレアーゼ複合体が切断して取り除く新しい酵素活性を見つけた。「ウイルスなどの外部の遺伝子がゲノムに入り込ん だり、異常なDNA組み換えなどが起こらないように防いでいるとみられますが、実態はわかりません。ヒトの酵素と比較して役割を調べてみたい」と意気込む。DNA複製に興味があってバイオの基礎研究に入ったが、同様に細かい作業が必要なガラス細工にも凝っている。

ベトナムの教え子をNAISTに

布瀬翔平さん(博士後期課程3年生)は、大腸菌を培養する栄養環境の影響を調べていて、糖があると活性酸素が大量に作り出されてDNAが損傷され、アミノ酸を加えると抑制されることをつきとめた。「アミノ酸がないと、タンパク質を分解して補うので、その時にタンパク質分子内部の鉄イオンが漏出して毒性の高い活性酸素が作り出される可能性があります」と説明する。この現象を見つけたのは2年前で、研究を重ねるうちにその価値がわかり、喜びを実感できるようになった。企業も博士人材を求める傾向が出てき て、製薬関係に就職が内定している。「自分で毎日の目標を決めて達成する」ほど勤勉で、ユ ニークなのは靴磨きを楽しむことだ。

リ・チィ・ランアンさん(同)はベトナムの科学技術アカデミー生物工学研究所の研究員でもある。酸素ラジカルによるDNA傷害に対し修復がどのように役立っているかを研究している。自分のアイデアで実験系を作り、自然に低い頻度で起きるDNAの切断、組み換えも酸素ラジカルが原因で、 修復の機構は常に働いていて突然変異を抑制 していることを明らかにした。「日本が好きで、 ポスドクをして力量を身に付けたら、帰国して大学の先生になり、教え子をNAISTに送りたい」と張り切る。「本学の先生の指導は素晴ら しく、留学生が多いので本国では困難な英語も学べる。日本語の習得も目指しています」とい う。夫と子供も3月から来日して、ランアンさんの博士号取得を応援している。