~広報誌「せんたん」から~

[2017年1月号]

腸炎を治す抗体を発見

体内の腸管には、多種類の腸内細菌が100兆個‐1,000兆個も棲んでいて、宿主のヒトと共生関係にある。その細菌群(細菌叢)は、必要な栄養をつくり、病原体の侵入を防いで健康の維持に役立つ善玉菌と、逆に有害物質をつくり出すなど病気の原因になる悪玉菌に分かれる。善玉が悪玉より優勢である状態が健康によい腸内環境だ。

こうした腸内細菌のバランスについて、新藏教授らは体内の異物を排除する抗体など免疫システムの研究に基づいて、大きな発見をした。まず、腸内の免疫系が過剰な刺激を受けて炎症を起こす原因が腸内細菌叢の変化であると考えた。その上で、マウスの実験により、腸の粘膜から分泌され、免疫の主役のIgA(イムノグロブリンA)という抗体の仲間を調べ、多くの種類の腸内細菌にもっとも強く結合するW27IgA抗体(W27抗体)を発見し、腸炎を起こすモデルマウスに、経口投与した。その結果、この抗体により腸内細菌叢が変化し、腸炎を抑制する効果があることがわかった。

また、W27抗体が増殖を抑制すべき細菌を見分ける仕組みは、細菌の特定のアミノ酸配列を持つ代謝酵素を識別し、結合するという分子レベルの精緻な仕組みが判明。さらに、予想を越える成果は、この抗体が攻撃するのは大腸菌など悪玉菌の仲間で、乳酸菌といった善玉菌を認識しないこと。つまり、悪い菌のみ、増殖を抑制するので、全体として良い菌が優位になる腸内環境を作り出しているらしい。

「この抗体をもとに薬を開発して飲むことで、腸内細菌叢を改善して、腸炎だけでなくさまざまな病気の予防や治療につながることが期待されます」と新藏教授。腸内細菌叢という体内の生物環境の多様性を保ちながら、正常なバランスを回復するという治療の仕組みなので本来の免疫作用を崩さない。薬剤耐性菌などが現れて悪化することもない。「効果的な他の分子もあるはずで、実験で細菌に教えてもらいながら探していきたい」と抱負を語る。

麻酔医から基礎科学研究者に

こうした成果の背景には、新藏教授の長年のテーマであるAID(活性化誘導シチジンデアミナーゼ)という酵素の研究がある。この酵素は、IgAなどの抗体のDNAを切断して変異のきっかけをつくる働きがある。病原体の侵入後に対応する抗体をつくる獲得免疫の担い手のBリンパ球が産生し、抗原結合力を変化させる抗体の体細胞突然変異や、攻撃力を変えるクラススイッチという現象に深く関わる。新藏教授らは、この酵素の働きの分子メカニズムを調べている。

新藏教授は、京都大学医学部を卒業して麻酔科医になった。その後、免疫研究の第一人者の本庶佑京大教授(現客員教授)の研究室に移り、リンパ節など免疫関連の器官を遺伝的に欠損したマウスについて、その原因になる遺伝子の解析に成功した。それ以降も臨床にはもどっていない。「動物実験などで知りたいことを究められる基礎医学研究を続けたかった。ただ、成果を臨床に役立てたいと常に考えています」と語る。

京大大学院時代に子育てと研究が重なり苦労したが、本庶教授が研究の時間など配慮したうえで「後進の女性研究者が困らないように心して掛かれ」と励ましてくれたことが糧になっている。「本学でも女性研究者には一定の期間、支援が必要なことをアピールしたい」。

硬式テニスは学生時代から続けている。「本学にも良いテニスコートがあり、30分も打てば、凝り固まった頭や肩がほぐれます」。6階の研究室まで徒歩で階段を昇降して体を鍛えるのも日課だ。

免疫を視覚化する

一方、中西慶子助教は8月に理化学研究所から赴任したばかり。専門は細胞生物学。これまでの成果は、筋肉の幹細胞(筋芽細胞)から筋タンパク質を発現する筋管細胞が作られる筋最終分化過程の初期段階において、筋芽細胞内の小胞体という器官からストレスを知らせる信号(小胞体ストレス応答)が出されるという不思議な現象を発見したことだ。これにより一部の細胞では細胞死が誘導されるが、一方で同じストレス応答を発しながらも生き残った細胞は分化過程を進んで行く。驚くべき事に、このストレス応答は細胞死を誘導するだけでなく、筋分化自体にとっても必須であることが分かった。

中西助教は「筋肉細胞になる前段階でストレスに弱い細胞をあらかじめ取り除くための仕組みではないでしょうか」と予想する。中西助教は筋芽細胞に予め薬剤で小胞体ストレスを誘導した後に分化誘導を行うと、 生き残った細胞は高効率に太く、収縮能力が高い筋繊維細胞になることを実証した。詳細な仕組みを調べているが、血液に含まれる血小板を作り出す巨核球細胞でも同様の現象が起きることが分かった。

「本学では、これまでの研究で培ってきた細胞内の物質の動きを見るイメージング(視覚化)の技術を生かして、IgA抗体が病原体を捉える様子など明らかにしていきたい」と意欲を見せる。

テーマとともに本学へ

研究室には新藏教授の前任である長浜バイオ大学教授時代から、IgA抗体の研究を続け、本学に移った学生が多い。

岡井晋作さん(博士後期課程3年生)は「W27抗体を単離しましたが、その後、さまざまな細菌に結合するのを見て、ようやく成し遂げたという実感がわいてきました」と振り返る。これまで直感で進路やテーマを選んできたが「この成果は有用でヒトの医薬品にしていきたい」という思いがあり、ベンチャーを立ち上げる計画も練っている。

臼井文人さん(博士後期課程2年生)は、この抗体が認識する悪玉の腸内細菌の共通抗原を解析している。「DNAの生合成やアミノ酸代謝に関わる重要な酵素でした。面白いことに善玉菌の同じ酵素は、認識せずに見分けています」と説明する。「異なる共通抗原を持つ腸内細菌も見つけてテーマを広げたい。自分に任されたテーマだけにしっかり解明したい」と張り切る。

集合写真

中谷寛さん(博士前期課程1年生)のテーマは、花粉症などのアレルギーを起こすIgEという抗体を産生するB細胞を見つけることだ。「自身もアレルギーに悩まされたので、このテーマを選びました。将来は製薬会社の研究職についてアレルギーの病気を無くしたい」と大きな夢を抱いている。