~広報誌「せんたん」から~

[2017年1月号]

効率的な研究態勢

多数の分子が長く連なって重合している高分子は、単に巨大な分子の集合体というだけではない。構成する分子が互いに作用し合って、特有の性質や機能を生みだしている。だから、分子の基本的な骨組みを決め、新たに分子(置換基)を配置したり、ナノテクノロジーを使ったりして高分子の構造を設計することにより、目標の特性を発揮できる材料が新たに得られる。このようにニーズに応じて創出できる「機能性高分子」は、医療や工業、エネルギーなど幅広い分野に活用できる重要な材料として、開発研究が進んでいる。

網代特任准教授は、「医療とエネルギーの分野を中心に、いくつかの重要な機能を併せ持った『複機能性高分子』の創成を手掛けています。例えば、体内で溶ける生分解性の高分子に機能性をつけることで、金属の材料とは違った有用な特性を引き出せます」と説明する。なお、網代特任准教授はテニュア・トラック教員(※)として2015年に研究推進機構研究推進部に着任され、物質創成科学研究科特任准教授を兼務している。

複雑多岐にわたる高分子の研究を効率化する戦略として、網代研究室では研究のポイントになる段階ごとに研究グループを組み、それぞれのテーマを深めるとともに連携する効率的な研究体勢を取っている。基本的な骨格を形成する低分子のモノマー(単体)などの「分子設計」をはじめ、ポリマー(重合体)になった分子全体の立体構造などを検討する「構造制御」、構成分子同士の作用の関わりと影響を調べる「分子間相互作用」の段階だ。そして、出来上がった材料の性能を評価する段階で問題点があれば、各段階にフィードバックして調整する。

※テニュア・トラック制:公正で透明性の高い選考により採用された若手研究員が、審査を経てより安定的な職を得る前に、任期付の雇用形態で自立した研究者として経験を積むことができる仕組み。

親水性と疎水性(水と油)

両親媒性高分子サンプル
両親媒性高分子サンプル
感熱応答性生分解性高分子材料
感熱応答性生分解性高分子材料

こうした研究の成果のひとつが、親水性と疎水性を制御した機能性高分子材料だ。この特性を応用して、血管や心臓など循環器系の病気の治療に使える機能性高分子の材料の開発に着手している。生分解性があるトリメチレンカーボネートという化合物に、水に溶けやすくするオリゴエチレングリコールという化合物を側鎖として結合したあとに重合するもの。そこで現れる特徴的な性質は、室温の25度では水に溶けるが、体温の37度では疎水性が勝り、温度の変化で相分離する。これはゲルにして体内に入れればサイズが変わるので、詰まりかけた血管を広げたままの状態にしたり、緩んだ心臓の弁を収縮させて治療したりするなどの応用を目指している。金属材料だと治ったあとも取り出せず、診断や合併症の治療に支障が出ることもあるという点も、生分解性であるので解消できる。「これまで医工連係の研究を行ってきた経験を生かし、動物実験などで有効性を確かめていきたい」という。

また、親水性と疎水性を制御してエネルギー関連材料へ応用を図る。例えば、天然ガス輸送の際、水と天然ガス(油)が合わさって、結晶化したガスハイドレートができると、パイプラインを詰まらせてしまうことがある。爆発の恐れもあるため、この結晶成長を抑制する「ガスハイドレート生成防止剤」の開発も研究課題としている。北海油田を持つノルウェーとの共同研究で、水にも油にもなじむ独自の構造に基づいた機能性高分子をつくった。

網代特任准教授は博士研究員時代に、分子設計した触媒で予想した結果がなかなか出ないまま実験を繰り返し、ようやく仮説を証明したときの喜びは格別だった、という。「困難に出会っても、それを上回る粘り強さとチャレンジ精神は尊い」と学生を指導する。大学時代は剣道部の副キャプテン。現在の趣味はフルマラソンでタイム更新を重ね、最近は4時間を切る「サブ4」を達成した。

薬を輸送する

動的ナノ構造制御
動的ナノ構造制御

一方、博士研究員の闞凱(カン・カイ)さんは、植物由来の素材として注目されているポリ乳酸を使った機能性高分子材料の作製がテーマ。ポリ乳酸はらせん構造がうまくかみ合うステレオコンプレックスという状態にすると、融点が230度に跳ね上がることが知られ、滅菌可能な生分解性材料として着目した。ここではさらに、動的なナノ構造制御を目的として高分子の末端に植物由来のバニリンという化合物を結合した。この高分子を溶媒に入れるとナノ粒子になり分散するが、酸の条件下ではその場所でクモの巣のような構造に変化する。したがって、含ませた薬剤をターゲットとするpH条件の病巣まで運んで、その場所で留め、薬物放出するなどの用途が考えられる。「環境問題に興味があって研究を続けてきましたが、これからは応用面でも社会に貢献したい」と抱負を述べる。好きな言葉は、フランスの生化学者、ルイ・パスツールの「幸運の女神は、常に用意されたものにのみ微笑む」。

母国で成果を広めたい

学生もそれぞれのテーマに夢を抱いている。

タイの留学生、ナリティップ・チャンタセさん(博士後期課程2年生)は、生分解性の機能性高分子に取り組む。「タイでは、生分解性ポリマーはあまり知られていない分野なので研究成果を持ち帰って広めたい」と意欲を見せる。本学については「研究設備がよく、静かな環境なので、大学院生に適した研究に集中できます」という。キャンパス近くの体育館でバドミントンの練習をするのも楽しみのひとつだ。

また、川谷諒さん(博士前期課程2年生)は「ガスハイドレート生成防止剤」のビニルアミドという化合物の合成を続けている。「この分野は研究者が少なく、周囲から新たな発見と認められるような成果を上げていきたい」と張り切る。高校生のときから吹奏楽部に所属して打楽器やコントラバスを担当し、大学では全国大会で銀賞の実績もある。

集合写真

ドイツの留学生、シュテフェン・サイツさん(博士後期課程1年生)は、蓄熱材料という独自のテーマで研究を始めたばかり。工場排熱などを貯めておき、他の場所で有効利用するという方法にふさわしい高分子材料を探索している。「原子力発電の稼働停止を予定しているドイツでは、省エネルギーは非常に重要な課題。研究環境が素晴らしい本学で実現できれば」という。化学と文学の2つの修士号を持つダイバーシティの代表格でもある。