~広報誌「せんたん」から~

[2019年9月号]

 生命の維持や生物の形づくりに欠かせないタンパク質の情報は遺伝子DNAの長い鎖状の分子に記されている。必要なタンパク質は、それに該当する部分の遺伝情報をメッセンジャーRNA(mRNA)という分子がコピーして製造工場(リボソーム)に持ち込み、そこで合成される。こうした生命の営みの基本的な仕組みを正常に保つために、マイクロRNA(miRNA)という小さな分子がさまざまな段階で重要な役割を果たしていることが分かってきた。miRNAの分子はタンパク質の情報を持たず、遺伝情報を示す塩基という分子がわずか20個ほど連結し、二つ折りのヘアピンのような構造から切り出されて作られる。しかし、その種類はこれまで判明しただけで2,500を超え、がんなどの病気にも関係するという研究もあって医薬品開発でも注目を浴びている。

複数のルートで作られていた

 岡村教授は、miRNAが発見される前後の2000年ごろから小分子RNA研究に挑んだ。その結果、miRNAの生合成の仕組みについて、RNAが機能を持つ分子に整えられる過程で、無意味な塩基配列(イントロン)を切り離すスプライシング(切り継ぎ)が行われる際に「ミュートロン」というmiRNAができることを見つけ、2007年に米科学誌「Cell」に発表した。それまで、miRNAは酵素(ドローシャ)などがRNAの特定の領域を切断してできるとされてきたが、酵素を使わずにRNA生合成機構の中で生じるという別ルートも使い分けていたのだ。さらに、リボソームを構成するRNAになる元の分子(前駆体)からもできていることも突き止め、miRNAにさまざまな生合成経路があり、臨機応変に制御されていることを示した(図1)。

▲図1 miRNA生合成経路の多様性
 ミュートロンの発見を契機に多数の非典型的miRNA生合成経路が発見された。

「細胞内には、常にスプライシングなど様々なRNA切断機構が備わっているので、進化の過程でたまたま、それらの機構を借用してmiRNAを作るようになったのではないか、という仮説を立てています。このような多様な分子機構がどのようにmiRNAの存在量の厳密な調節に役立てられているかに注目しています。」と岡村教授は説明する。

がん組織との関連究明は急務の課題

 今年1月に本学に赴任した岡村教授は、こうした実績を発展させる形で、新たなテーマに取り組んでいる。「miRNAは、その遺伝子を転写して生合成され、その後、様々な酵素が関わって機能を持つ成熟した分子になります。その間に遺伝子の発現にどのような制御が掛かっているか。そうした点に興味を持っています」と話す。

 研究は、モデル動物のショウジョウバエなどを材料に、遺伝子発現の様子を生化学の手法で調べたり、バイオインフォマティクス(生命情報科学)でゲノム(遺伝情報)のデータを解析したり、細胞内のmiRNAの経時的変化を可視化する表現型解析などを行う(図2)。

▲図2 RNA分子医科学研究室で用いられている主な研究手法   ゲノム解析、生化学実験、モデル動物実験を組み合わせて分子レベルから個体レベルまで遺伝子機能を解明することを目標にしている。

 「miRNAの発現の異常は、がんなど疾患の組織に多くみられるだけに、その分子レベルでの機構の解明は急務です。がん患者の組織のmiRNA発現を調べたデータベースが公開されているので、そこから生合成過程での異常など独自の視点で解析し、miRNAの発現制御の仕組みを明らかにしていきたい」と抱負を語る。

 岡村教授は、「熱中できるテーマを探して取り組む」のが信条。本学の修士課程を修了後、RNAの研究を続けるため、徳島大学を経て米国のスローン・ケタリング記念がんセンターで博士研究員、シンガポールのテマセク生命科学研究所主任研究員を歴任した。「ほとんどの研究室が立ち上げの段階で、その時期に一緒に研究できたのはむしろ幸運でした」と振り返る。本学でも5期生と草創期で「自ら作り上げ成し遂げるという自由な雰囲気は今も続いているようですね」と話す。妻は大学の技術職員を務める理系一家で、休日はこどもと遊んで過ごすことが多い、という。

細胞内の変化を動画でみる

 また、島本助教は、1個の細胞内で起きているmiRNAの生合成について、その活性の動的な変化を動画で可視化。同時に発現量の変化を時間の経過に沿って定量的に解析し、両者がどのように影響しあっているかを調べる手法の開発を行っている。生合成に関わる因子(タンパク質)に蛍光を発する分子を組み込み、その蛍光を手掛かりに活性が変化する様子の連続写真を撮影し、コマ送りの動画(タイムラプス・ムービー)に仕立てて動的な変化を観察。蛍光の濃淡により、因子の量を画像解析する(図3)。

▲図3 タイムラプスイメジング解析によるmiRNA生合成の定量  島本助教は生きた細胞内でのmiRNA生合成活性を直接定量する手法の開発を行っている。

 「これまでは、細胞群をすりつぶして調べていたので、ある時点の活性しか見られないという問題点がありました。miRNAの研究でこの手法を使った例はなく、興味深い現象が発見できるかもしれません」と意欲をみせる。

 島本助教は、スイス・チューリッヒ工科大学の博士研究員のころ、この手法によりiPS細胞誘導過程でiPS細胞になる細胞とならない細胞がどのように決まるのかを明らかにした実績がある。

 「本学は共同研究のしやすい環境。研究分野の多様性がすごくあり、新しい成果が生まれるという期待感があります」と話す。サッカーが好きで、高校ではサッカー、現在は本学のフットサルチームに参加する。ストリート・ダンスも楽しむ。

第一世代は意気盛ん

 学生らは、いずれも博士前期課程1年生と研究室の第一世代。miRNAという最先端のテーマにそれぞれの思いを抱いて研究に取り掛かっている。
 
 成相翔太さんは、miRNAの元になる分子(miRNA前駆体)を定量的に測定する技術の確立がテーマ。成功すれば初の技術となるだけに、やりがいがあるという。学部では、抗がん剤の効果を高める研究だったが、miRNAが、がん転移と関わっていることを知り、進路を決めた。持前の「粘り強さ」には自信があり、「試行錯誤を繰り返しても結果を残したい」と意気込む。
 
 廣田亮祐さんは、miRNAの生成に関わる酵素の発現量により、どのような種類のmiRNAができるか、関連のデータベースと首っ引きで手掛かりを探っている。大学でのテーマは異種動物間の交配という異分野だったが、その中でmiRNAの存在を知り興味を持った。「就職を希望していますが、今後も何らかの形で研究に携わっていきたい」と探究心は旺盛だ。 
 
 遠藤大輔さんは、リボソームRNAから作られるmiRNAの性質を調べている。「これまで茶葉のカフェイン合成酵素の遺伝子を調べていましたが、miRNAはわずか約20塩基でさまざまな現象を精密に制御しているのは驚きでした」と話す。空手の有段者であり、総合格闘技の「マーシャルアーツ」のサークルで体を鍛えているだけに「できるだけ研究室にいて、少しでも結果を残したい」という。
 
 韓国からの留学生、ユン・ソンシクさんは、miRNAが、タンパク質の生合成を促進する様子をタイムラプスムービーを使って確認する研究を始めたばかり。「韓国では、微生物を分類し、プロバイオティクスなど食品産業に応用する研究をしていました。本研究室は雰囲気がよく、学生はいずれも1年生なので、一緒になって焦らずにゆっくりと成長していきたい」と張り切る。バスケットボールやサッカーが趣味で、本学ではフットサルに参加して交流を深めている。