~広報誌「せんたん」から~

[2019年5月号]

大幅削減に挑む

 奈良県生駒市の本学から、けいはんな学研都市内を車で東へ約10分走ったところに、経済産業省認可の公益財団法人・地球環境産業技術研究機構(RITE)京都本部(京都府木津川市)がある。地球温暖化対策の主要な課題である温室効果ガスの二酸化炭素(CO₂)削減のために産学官で技術研究・開発に取り組む中枢機関だ。本学物質創成科学領域の「環境適応物質学研究室」は、このRITEに設けた連携研究室で、温暖化対策としてのCO₂排出削減に資する材料等の研究開発をテーマとして、その成果を社会に役立てるための方法を身に付ける教育を行っている。

 RITEでは、火力発電所などの排ガスに含まれるCO₂を液体や固体の吸収材、膜で分離して回収し、地中に貯留あるいは有効利用する技術(CCUS: Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)の開発を行っている。このほか、再生可能な生物資源(バイオマス)を有効利用するバイオリフィナリー技術やクリーンな水素燃料を得る無機膜の研究、そして、温暖化対策のシナリオを検討する部門もある。

 CO₂削減技術の要になるCCUSについて余語教授は「例えば火力発電所の排ガスに含まれるCO₂(濃度6%-14%)を99%以上の濃度で回収する必要があり、そのためのコストは全体の6割を占める。今後、CO₂の貯留や有効活用を大規模に進めるためには、吸収材の性能を高めて回収コストを大幅削減することが不可欠です」と説明する。

低温で処理

 CO₂の吸収材は、アミンという窒素(N)を含む化合物を主に使い、CO₂との化学反応により低エネルギーで分離・回収する。それを水溶液にした化学吸収液については、すでにRITEで高性能化され、国内の火力発電所などで実用化された。また、固体吸収材は、ゼオライト(アルミノケイ酸塩)やシリカ(二酸化ケイ素)など細孔を持ち表面積が広い多孔質の材料にアミンなどを保持させてCO₂を回収する方法。混合した気体の中からCO₂や水(H₂O)だけを通す分離膜の研究も進んでいる。液体、固体、膜の3方向から取り組む研究機関は例がなく、その体制が相乗効果を生んでいる(図1)。

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▲ 図1 アミン化合物を中心としたCO₂分離回収技術の研究開発

 多孔質シリカを固体吸収材の支持体として利用し、新規に開発した低温でCO₂と反応し易いアミンを高密度に保持するなどした(図2)。その結果、従来の材料ではCO₂の回収に120℃程度まで加熱する必要があったが、40℃で吸収して60℃で分離できるようになった。使用温度を画期的に下げてエネルギーとコストを大幅削減できる可能性を示し、民間企業と共同でエネルギー資源学会賞を受賞した。「この技術は、宇宙ステーションで働く飛行士のための空気浄化、あるいは大気中のCO₂を回収して植物工場に供給するなど夢の用途が考えられる」と語る。

 また、水素ガスを得るための分離膜の研究では、水素が選択的に透過するパラジウム(Pd)という金属の薄膜を多孔質の支持体の表面に形成するのではなく細孔内に充填することで、メタン(CH₄)とH₂Oの反応で生成したCO₂と水素(H₂)の混合ガスから効率よく高純度水素を得ることに成功し、膜の耐久性も増すことがわかった(図2)。

 余語教授は「今後、このような技術により、CCUSに使う装置をコンパクトにするなどして、発生源となる場でのCO₂の効率的な利用を積み重ねることで、大幅なCO₂削減が期待できるでしょう」と予測する。

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▲ 図2 新規材料の開発

実用段階まで見通す

 余語教授は、大気汚染物質の窒素酸化物(NOx)の除去触媒の研究で博士号を取得し、その後も無機多孔質材料やCCUSの技術開発、水素分離膜など幅広いテーマに取り組んできた。

 「基礎研究であっても、社会実装を見据えた研究開発を進めるべき」との信念を持つが「実験には失敗が付きもので、研究活動の継続にはつらいこともあるが、学生やスタッフに研究が楽しいと思えるような環境を作ることを心がけています」とも。学生に対しては「社会人の研究者と一緒に研究することで、幅広い視野を身に付けてほしい」と期待する。最近は体力維持のため、週3-4回はジムに通いバーベルを持ち上げる。「1時間もトレーニングすれば、頭がクリアになるので、研究にもどります」と話す。

 後藤教授は、CO₂の吸収液の研究をメーンに、CCUSを実施する場合にプロセス全体で必要となるエネルギーについて、基礎実験で得たデータをもとにコンピュータ上のシミュレーションにより推測。CO₂発生源の稼働率を低下させずに、低コストの回収が実現できる材料の高性能化を検討し、その効果を具体的な数値で示す。「基礎研究から社会貢献までを視野に入れ、その橋渡しをするような研究です」と話す。

 大学で石炭化学の研究を行い、RITEでは製鉄所の高炉から排出されるガスからCO₂を回収するプロジェクトなどに関わってきた。「プロセスシミュレーションは計算ツールですが、実験やデータと融合することで新規材料開発につながることがうれしい」と意欲を見せる。緑豊かな学研都市の環境が気に入り、ジョギングに励んでいる。

 物理化学の立場から、アミンの特性を調べる山田准教授は量子化学計算という方法で算出した原子や電子の振る舞いを示す数値データをもとに、事前に材料の特性を予測し、分子の設計に役立てる。「アミンは窒素原子に、炭化水素などの官能基が3つ結合した分子で無数の組み合わせがある。その中から、設備にかかるコストなどトレードオフの要素も考えながら、CO₂の回収に要するエネルギーができるだけ少ないものを選んで設計しなければなりません」と語る。これまでアミンの知られざる反応経路を発見し、新たな分子構造の高性能材料の設計に成功した。「たとえ、新たな構造の材料の製造にコストがかかったとしても軌道に乗れば、十分に効率よく稼働できるでしょう」という。

 「疑問に思ったことを考え続ける」というのが信条であり、趣味でもある。

社会的な視野が広がる

 こうした研究・教育環境は、若い学生にとっても自由に羽ばたける場でもある。

 ベトナムから留学しているブ・ティ・クェンさん(博士後期課程3年生)は、固体吸収材の研究だ。「以前この研究室に留学して博士号を取得した先輩の勧めで来日しました。人と設備の環境がとてもよく、やりたいことができる。具体的な実験の方法など手厚いサポートがあり、研究に関する議論も頻繁にあります」という。将来はベトナムに帰り、大学の研究者の道に進む予定だが「日本とベトナムの懸け橋にもなりたい」との思いもある。料理が趣味で、時には手づくりのベトナムのお菓子をふるまい、研究員らを喜ばせている。

 アルコールと水の混合液から水を分離するゼオライトの膜を研究しているのは、上田洵也さん(博士前期課程1年生)。「作成した膜は脱水の能力が高く、満足しています」。化学メーカーに就職するが「大学にはない研究環境の連携研究室に魅力を感じましたが、ここでの研究体験を十分に生かせると思います」。野球やサッカーなど球技が好きなスポーツマンでもある。