~広報誌「せんたん」から~

[2017年5月号]

深刻な農業被害の防止

植物には、他の植物に合体し、そこから必要な水と栄養を吸収して生きる寄生植物がいる。なかには、自身は光合成せず、一方的に奪い取ってしまい、作物に深刻な被害を与えるケースもある。吉田特任准教授らは、「このような他に頼る生活は、どのような仕組みで出来上がっているのか」をゲノム(遺伝情報)科学や細胞生物学により調べ、農業被害を食い止める解決策を求めている。

吉田特任准教授らの研究材料は、アフリカや欧州を中心に大きな被害をもたらしている絶対根寄生植物でハマウツボ科のストライカやオロバンキ。もうひとつは、同じ仲間だが独立栄養でも生きられる半寄生植物で日本にも広く分布するコシオガマ。これらの植物は、寄生の相手になる宿主植物の根に近づくと、自身の根に「吸器」と呼ばれる器官を発達させて侵入し、水や栄養の通り道である導管に勝手につなげて横取りする。「この吸器という寄生植物が独自に進化させた器官とその機能について、どのような遺伝子が関わっているかなどを調べています」と吉田特任准教授。なお、吉田特任准教授はテニュア・トラック教員(※)として2016年に研究推進機構研究推進部に着任され、バイオサイエンス研究科特任准教授を兼務している。

※テニュア・トラック制:公正で透明性の高い選考により採用された若手研究員が、審査を経てより安定的な職を得る前に、任期付の雇用形態で自立した研究者として経験を積むことができる仕組み。

遺伝子が種を越えて移動

スーダンのソルガム畑に広がるストライガ(ピンクの花)
スーダンのソルガム畑に広がるストライガ(ピンクの花)

これまでに明らかになった成果は、まず、寄生植物が宿主植物の遺伝子を取り込む「水平伝播」という現象を突き止めたことだ。高等植物では、通常、遺伝子は細胞の核内に保存されていて他の植物に移ることはないが、寄生植物のゲノムには過去に他の個体から入ったとみられる遺伝子が保存されていた。「ストライガなどの全ゲノムを解析すると、その中に宿主のイネ科植物の遺伝子とそっくりの遺伝子が含まれていました」と説明する。例えば、接ぎ木のさいに遠く離れた種同士では互いに自己と非自己を認識してうまくいかないが、寄生植物は種の違いを乗り越えられるという機能の解明につながる可能性があり、詳しく調べている。

また、コシオガマをつかって吸器の形成に関わる遺伝子を探している。吸器の形に異常が出るなどの突然変異体を選抜し、その遺伝子を解析し突然変異が起きる原因になる遺伝子をつきとめると、逆に欠損した遺伝子が吸器の形成に関わる遺伝子や因子とわかる。また、特定の遺伝子をノックダウンして、吸器形成に影響があるか調べている。最近、明らかにしたのは、オーキシンという植物細胞の伸長と増殖をコントロールする植物ホルモンの合成酵素の遺伝子。吸器の先端部分の細胞表皮にオーキシンが蓄積すると形づくりが始まることで実証した。

このほか、宿主植物が分泌し、吸器を誘導する低分子の物質についても調べている。「進化の過程で古い段階に登場し、宿主の選択の幅が広いコシオガマから、特異性が強いストライカやオロバンキまで研究の対象にしています。これらの研究データから、寄生植物の進化の道筋もバイオインフォマティクス(生命情報学)を使って明らかにしていきたい」と抱負を語る。

研究の荒野を歩く

宿主に寄生する寄生植物。左:宿主トウモロコシ(H)に寄生するストライガ(P)。右:宿主イネ(H)に侵入するコシオガマ吸器(P)の横断切片。
宿主に寄生する寄生植物。左:宿主トウモロコシ(H)に寄生するストライガ(P)。右:宿主イネ(H)に侵入するコシオガマ吸器(P)の横断切片。

吉田特任准教授は、東京大学大学院で葉の老化の研究を行い、英国ジョン・インズ・センター、ドイツ・ミュンヘン大学では植物と微生物が共生するさいの分子機構がテーマ。そのときの根に関する研究が発展して2006年に理化学研究所で「病害になる寄生植物の解明」のテーマを立ち上げた。しかし、当時、その分野の研究者は少なかった。「他人の研究していないことをしたい。未解明な現象は多くあって、それを自分の手でつきとめたい」との思いを持ち続けていて、学生には「可能性を求めて興味を持ち取り組んでほしい」と期待する。昨年、本学に赴任したばかりだが「NAIS Tは、幅広い分野から学生が来ていて、入学して初めて研究分野を選ぶので知識がミックスされるところが興味深い」という。研究者同士の夫婦で温泉と旅行が好きだが、いまは子育てに忙しく、「本学の男女共同参画支援システムに感謝しています」。

環境のいい日本で研究を

寄生植物と宿主植物の間にできる道管の橋(X ylem bridge)。緑色が道管細胞。 P:寄生植物コシオガマ、H:宿主シロイヌナズナ、鏃:X ylem bridge
寄生植物と宿主植物の間にできる道管の橋(X ylem bridge)。緑色が道管細胞。 P:寄生植物コシオガマ、H:宿主シロイヌナズナ、鏃:X ylem bridge

博士研究員のスンクイ・ツイさんは、中国の大学を卒業後、日本の基礎生物学研究所で博士号を取った。理化学研究所で主任研究員だった吉田特任准教授のもとでポスドク(博士研究員)を務め、本学へ。イネとシロイヌナズナ、これらを宿主とするコシオガマとストライガの変異体を使い、寄生や吸器形成のさいに働く重要な遺伝子を調べている。「植物ホルモンのエチレンの感受性が宿主への侵入に重要な関わりがあることがわかってきました。だから、その感受性を抑えることで、寄生を防止できるのではないかと期待しています」と胸を膨らませる。「中国の研究ポストも増えつつありますが、いまは寄生植物に興味を持っているのでしばらく日本で研究を続けたい」。中国から来日した妻と0歳の息子と3人暮らし。多趣味で、大学時代に選手だったバレーボールやサッカー、ハイキングなどが好き。「本学は緑の中にあってハイキングにはうってつけです」。

和田将吾さん(博士前期課程1年生)は宿主の植物が分泌し、ストライガの吸器を誘導する化学物質について調べている。「吸器を誘導するDMBQ(ジメチルベンゾキノン)という化学物質に似た構造の物質にも同じ作用があることがわかりました。うれしかったのですが、もう少し違う結果が出た方が興味深い展開になったかもしれない」。学部では麻疹ウイルスの研究をしていて、ガイダンスで畑違いの研究室を選んだが「寄生植物はほんとうにおもしろい。学内も研究やるぞという雰囲気にあふれています」。