~広報誌「せんたん」から~

[2017年9月号]

万能細胞が再生医療を発展

 胚性幹細胞(ES細胞)は、どんな臓器にも分化し得る万能細胞の概念を具現化したさきがけだ。受精卵が分裂増殖して、子宮に着床する直前の時期の胚盤胞という細胞の塊になったとき、その内部から取り出してつくる。特定の機能を持つように分化する前段階の細胞なので、条件さえ整えられれば、狙った臓器や組織の細胞になるように方向づけができる多能性を持っていて、精子など生殖細胞もできている。

 このような自在に目的の特性を持つ細胞に仕立てられるES細胞は、すでに分化した体細胞を初期化して得られる人工多能性幹細胞(iPS細胞)とともに再生医療や細胞の基礎科学研究の発展を大きく推進してきた。

 「ES細胞を使い、マウスとラットという異種間のキメラ動物を作り、生体内に他種の臓器が形成される仕組みを調べたり、発生工学や再生医療の研究に役立つ新たな動物実験のモデルをつくったりするのがテーマです」と磯谷准教授は説明する。

マウスの体内にラットの胸腺を作製

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マウスと、マウスとラットの異種間キメラ。左から野生型マウス、ヌードマウスとラットES細胞の異種間キメラ、ヌードマウス。

 これまでの大きな成果は、マウスの体内に、異種であるラットの細胞で免疫細胞(T細胞)を成熟させる胸腺という臓器をつくることに世界で初めて成功したこと。その方法は、自然突然変異で胸腺ができないマウスの胚盤胞にラットのES細胞を混ぜて異種キメラを作製。その際、マウスの胚盤胞にはES細胞のほか、着床し個体になるために必要な胎盤になる細胞が含まれているので、マウスとラットのキメラの個体が生まれ、マウスの胸腺を欠いた部分を補完するようにラットの胸腺が形成されるというもの。「形成された胸腺はT細胞を成熟するという本来の機能を持っています。ただ、この胸腺にはマウスの血球細胞も混ざっているので、免疫の機能がどのように働くかは長期間、見ていく必要があります」と話す。キメラの体内で作られた臓器や組織が生体内で正常に機能していけるための条件を調べる研究も続けている。

『火の鳥』がきっかけ

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マウスの胚細胞

 このように医療に使える臓器作りの研究は軌道に乗っており、磯谷准教授は「今後、胸腺のほか、腎臓、肝臓、心臓、肺など未だ再生が実現しておらず、移植手術に強く求められている臓器にチャレンジしていきたい」と意欲を見せる。

 さらに、比較的容易に遺伝子を改変できるゲノム編集の技術を使い、ES細胞やiPS細胞の利点を組み合わせるなどして、再生医療の難題の突破口を拓く新たな実験動物モデルの開発も手掛けていく。

 磯谷准教授の発生工学に対する興味は小学生のときからあった。きっかけは、手塚治虫のマンガ『火の鳥』で、クローンの存在を知り、未来の人工動物の話を読んで強く魅かれ、その思いが今のテーマにつながっている。「楽しいと思わなければ研究は続けられません。発生工学にはわくわくするような刺激があります」

 本学には昨年8月に赴任したが、「私は薬学の出身で哺乳類を扱っていますが、本学にはさまざまな分野の研究者がいて、学位審査などで異分野の植物の面白い研究に出合うことがあり、融合できたらと思います」。生来の動物好き。学内で動物の管理担当なので、自宅で病原体の感染の恐れがあるげっ歯類などペットは飼えないが、水槽に自然環境を再現する「アクアリウム」水槽と、古代魚のエンドリケリーなどが泳いでいる水槽をもっており、習性の観察を楽しんでいる。

腎臓をつくる

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異種間キメラの精巣。緑色蛍光としてラットES細胞由来の精子形成が観察できる。

 一方、由利助教は、マウスの生体内で腎臓を作る研究に着手した。これまで米カリフォルニア大学の研究員のときに、マウスの胎児の腎臓を使い、体外で長期間培養できる方法を確立している。

 「腎臓は立体的な構造が重要です。腎臓ができないように変異したマウスを使い、その胚盤胞にES細胞などを注入する方法により生体内で臓器作りをするのがひとつの目標です」と由利助教。「最終的には、自己の細胞からiPS細胞を樹立し、それまで研究してきたさまざまな手法を使って完璧な腎臓を作り、腎臓移植のドナー不足に貢献したい」。

 由利助教は、大学の授業でES細胞のことを初めて知り、「この万能細胞でいろいろな臓器を作りたい」と興味を持った。そして「できるまでやめない」の信条で研究を続けてきた。生来のスポーツマンで、小学生の時に野球をはじめ、米国滞在中は、地元ロサンゼルスの軟式野球の日本人チームで捕手をつとめた。

グローバルな環境で働ける人材に

 研究室は4月に学生を初めて募集したばかりで、学生たちは、キメラ動物の研究に夢を膨らませている。

 平尾嘉啓さん(博士前期課程1年生)は、異種間キメラ動物を用いた臓器形成が研究テーマ。「本学で山中伸弥・京都大学iPS研究センター所長がiPS細胞を樹立したと知り、発生学に興味があったので所属しました。移植医療に役立つ腎臓や肝臓などの臓器づくりを研究していきたい」とはりきる。将来的に研究者を目指しているが、「本学は留学生が多く国際的な環境なので、グローバルな場で働ける人材になれれば」と期待する。アイドルグループ「乃木坂46」のファンだが、「癒されるというより、あの人たちも頑張っていると応援する気持ちです」。

 岸本裕樹さん(同1年生)は、異種間キメラをつくり、胎盤の形成に関わる遺伝子を発見しようと思っている。大学のときはi PS細胞の培養の研究をしていたが、この研究室が生体内で培養していることに非常に興味を持った。「本学は小規模なので研究に対するフットワークが軽く、研究が好きな人には恵まれた環境だと思います」。一方でキャラクターを対戦させるゲーム「ポケモン」のファンで関西地区大会での優勝の実績もある。「決まったルールのなかでいろいろなやり方があり、それに沿って究めるのは研究と同じです」。

 川口瞬さん(同1年生)はキメラ動物の免疫機構の中で、有害な物質が入らないように表皮細胞を強く結合する「タイトジャンクション」に興味がある。「これがうまくできなくて、キメラ動物に免疫不全が起こるのではないかと考えて研究の準備をしています」。研究への思いは、「とにかく結果を出し、学会発表すること」。その点、本学は設備が整い、集中して研究できる。ただ、爬虫類が大好きだか実験動物に有害なサルモネラ菌を持っているので、触れられないのが残念、という