~広報誌「せんたん」から~

[2017年9月号]

高度化する画像処理技術

 目の前にコンピュータグラフィクス(C G)などで別世界を創りだすバーチャルリアリティ(VR)、現実の世界にさまざまな電子情報を付け加えて仮想体験する拡張現実感(AR)や複合現実感(MR)。T Vゲームなどですっかりおなじみになった技術だが、さらに進化を遂げようとしている。

 ARなどの技術を開発するとともに、人とコンピュータの新しい関わり方の研究を続けてきた清川教授は「人や機械の情報処理システムを統一的に扱うサイバネティクス(人工頭脳学)という考え方があります。それに加えてリアリティ工学という概念を提唱し、VR、AR、MRの技術を束ね、人々が必要に応じて能力を最大限に発揮できる未来の道具を創りだす研究を続けています」と語る。

 そのなかで核になるテーマは、視覚に関わるさまざまな感覚を操り、個人に応じた便利で快適な環境を提供する「パーソナライズドリアリティ」。画像処理の技術が高度化し、変形したり、消し去ったりして現実世界を加工することもできるようになったことから、「視覚など感覚の情報をいったんコンピュータに入力し、個人が望むようなパターンに改変して提示し、日常生活や仕事をサポートできるようにしたい」と強調する。

 具体的なやり方の発想は自在だ。対面者の顔の表情を強調する実験では、かすかなほほえみでも大笑いしているように見えるので、容易に表情が読み取れ、何らかのハンディを持っている人もコミュニケーションが取りやすくなることが分かりつつある。周囲の人やモノが気になって集中できない人には、それらを消去して作業対象をくっきり表示
するなどのアイデアもある。

 清川教授は4月に赴任したばかりで「個々人がそれぞれの能力を発揮して社会参画できるアイデアを考え、必要な技術を開発していきたい」と本学での抱負を話す。

超広視野角のHMD

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超広視野光学シースルーHMD

 このようなリアリティ工学を支える画像処理技術の中で、清川教授は、頭部にかぶって画像をみるヘッド・マウント・ディスプレイ(HMD)の研究を続け、両眼で180度が見渡せるほどの超広視野角で半透明の画面を通して見える現実の世界に処理画像を合わせる「超広視野光学シースルーHMD」の開発に携わってきた。このタイプは本来、視野角が狭いという問題があったが、それを克服した。また、黒色の画像を重ねるのが困難という構造上の問題を解決したHMDも開発している。

 このほか、目をこらして細めると、眼鏡に仕込んだカメラがその方向
をズームアップするという未来の装置の開発にも挑んでいる。

 「世界最古のVR」とも言えるプラネタリウムに魅かれていた清川教授は、中学生のころ、つくば科学万博で全天周の立体ディスプレーに衝撃を受け、進路を決めた。大阪大学から本学の2 期生として入学し、横矢直和教授(現学長)の研究室に所属。当時、A R研究は曙の時期で「日本の大学にはほとんどない設備があり、幸運だった」と振り返る。「大学の組織も贅肉がなく、研究や学生の指導に一丸となり、すべてが同じベクトルで動くので居心地が良い」。いまの学生に対しては「興味があり、いまは存在しないが、作ったら面白い、楽しい」と思うものに挑んでほしい、と呼びかける。

 趣味は、父親から受け継いだ囲碁。「コンピュータが唯一人間に勝てない競技だったときに始めました。いまは、計算しきれないところに美しさを感じています」

動画像から3次元情報

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動画像からの三次元復元

 佐藤准教授は、動画像に写し込まれた情報を取り出して解析し、撮影の対象になった物体とカメラとの距離、位置関係に加え、物体の立体的な形やカメラ自身の動きも測定できるセンシングの技術を開発した。動画像の中に明るさの空間的な変化が大きい「自然特徴点」があることに着目。それを手掛かりに追跡したことが成功に結びついた。

 「拡張現実の世界をつくるために、ベースになる3次元情報を取り出すのが目的です」と佐藤准教授。こうした技術は携帯端末の画面でARのような表現ができる機能にも応用されている。「車の自動運転の技術では、車載カメラの映像と地図を照合して現在の位置が推定できます。ロボット掃除機にも使えるので、さらに精度を高めていきたい」と期待する。「最終的に実用化できる研究」をめざし企業との共同研究も多い。家庭では、上空から見た視点で周囲を確認できる車載モニターを取り付けるなど「電子的な日曜大工にも研究を活かしています」。

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看板や拡張現実感で用いられるマーカを消した隠消現実感の実現例

 河合紀彦助教は、動画像の中の特定の対象物を消したあと違和感なく修復する「隠消現実感」という分野の研究を続けている。「即時に処理することをめざしていて、これまでは壁など平面上の物体しかきれいに消せなかったが、曲がった形の上に乗っていたり、鏡面のように光を反射する場所にあったりしても、消した後、環境を再現できるようになりました」と話す。曲面の場合は、画像をカーブに合うように変形し、鏡面反射の場合は光源の強さなどを推定して背景画像に反映させる。「現実の世界にCGを合成するだけでなく、現実世界そのものを材料にして編集することもできるようになるでしょう」と予測する。「一目
で驚くようなインパクトのある画像をつくってみたい」とも。

 溝口拓也さん(博士前期課程2年生)のテーマは、画像認識の技術による文字の認識だ。学部のときも同様の研究だったが「本学は研究設備が整っているなど研究しやすい環境です」。IT関係に就職が内定しており、「研究以外でも人の温かみに触れることができました」。

 桶田真吾さん(同1年生)はARの研究を目指している。「学部時代は画像認識の基礎研究をしましたが、応用の研究では幅広い知識が得られ満足しています」と意欲を見せる。「究極のポケモンGOのような面白い研究がしたい」

 古賀隆文さん(同)は、ネコの線画から自動的に写実的なネコを描くなど画像生成のアルゴリズムである「GAN」を使った研究に興味がある。旅行好きで関東以外はほとんど回ったが「きれいな景色が好きで、ここにこんな景色が入ればと、ついARを考えてしまう」と語った。