~広報誌「せんたん」から~

[2018年5月号]

ロボットの知能を強調

 人は周囲の環境のありさまを的確に把握する「環境知能」を育くみながら、スムーズに社会生活を送っている。超高齢社会に入ったこともあり、こうした人の能力をサポートするために重視されているのがロボット技術。現場を案内する対話型ロボットや、実像と重ねて目の当たりに必要な画像を表示するAR(拡張現実感)などのロボットメディアだ。

 萩田研究室ではこうしたロボット技術の「環境知能」を強化し、それぞれの「個体知能」と連携させるソフトウエア作りにより、IoT化が進む「住空間」や「公共空間」、そして、車など「移動空間」で安全、快適さを増す社会システムの実現を目指している。

 「環境知能学は、ロボットの固体知能が不足する情報を補うだけでなく、個々のロボットの知能を協調させたり、スマホなどと連携したりすることで、新たなサービスを生み出せる可能性が大いにあります」と萩田客員教授は強調する。

 AI(人工知能)技術などの進化によりロボット個体の対話能力は増したが、その能力を建物の壁や車体など生活の場(環境側)にあらかじめ取り付けることにより、その人の考えや行動に役立つコミュニケーションが実現できる。例えば、一人暮らしなら話相手になるし、公共の空間なら探している場所を案内し、ドライブ中なら危険箇所を事前に知らせてストレスを減らす。環境そのものが、知的なナビゲーションをするのだ。

 「このようなシステムを導入するさいに、倫理的、法律的、社会的な課題であるELSI(エルシー)という概念を常に意識し、個人情報の保護などをシステムの設計に取り入れていく必要があります」と説明する。

社会常識を踏まえた環境知能

 ATR (国際電気通信基礎技術研究所)の知能ロボティクス研究所長でもある萩田客員教授は、本学と共同で2004年ごろから、通信ネットワークによりロボットを操作し、人とコミュニケーションする実証実験などを大阪・南港など各地で行ってきた。

 「今後は、どんな時に誰に適切な情報を提示するかなど、社会常識を踏まえた環境知能がますます重視される」と予測する。そのベースには「ロボット技術(機械)と人間という本来、相容れない特性をどのようにして社会的に調和するか」という設計思想が不可欠になる、という。最近では、ロボットの機構を知らない人でも、見よう見まねで接客の動作を教えられるロボットを開発している。

 萩田客員教授は小学生のときにゲルマニウムラジオを組み立てるなど科学少年だった。大学院では、脳神経を模した情報処理システムを研究し、NTTに入社したときは、画像認識がテーマだった。ATRに来てから、ネットワークロボットの研究に取り組んできた。

 「自分なりの研究哲学を持つことが一番大切で、そのような人材を育成することも重要」という。本学については「学生の考え方がすごく柔軟です。中には研究しながら起業する人もいて、自由で即戦力のパワーがあります」と評価する。ビデオの編集が趣味で、ホンダを創立した本田宗一郎氏の伝記など学生らの夢を膨らませるテーマを選んでいる。

自動走行のストレスを軽減

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自動走行実験の様子

 研究室のテーマは、ロボットと人間が出合うさまざまな場面を想定して多彩だ。

 神原准教授らのテーマのひとつは自宅などで良きパートナーとなるロボットだ。「私的空間では、ロボットとの対話が長く継続して、親しくなるような信頼関係が築かれなければなりません」と説明する。

 そこで開発されたのが、「テレビ雑談エンジン」というソフト。テレビ番組についてTwitterなどSNSに書き込まれたコメントを網羅して集め、「いいね」と反響が大きいコメントをサーバの学習機能で選んでユーザに伝える。それに対するコメントがフィードバックされて、さらに盛り上がっていく、という仕組みだ。

 「パートナーロボットの場合、飽きずに電源を入れることが重要で、雑談を長く続けるほど愛着がわき、行動変容につながると思います」と語る。

 また、移動空間に関しては、自動運転が一般化した時に生じるとされる乗客のストレスや乗り物酔いを解決する方法にも取り組んでいる。運転に慣れた人が乗客になると、急接近など危険と感じた場面で、自分で操作できずストレスが増す。さらに、自動走行化によりARを含む情報提示が盛んになると「酔い」も併発すると考えられ、こうした現象を軽減するため、自動走行の車いすなどを使って調査、研究。安全予測の視覚情報を流したり、早めに速度制御したりする方法を提案している。

 「論文が書けそうなテーマではなく、研究したいことから始めないと面白い成果は得られない」という神原准教授は、小学生のころ、家庭用パソコンの先駆けだったPC8001mkII(1983年発売)を買ってもらい、没頭したことが、情報科学の道へ進むきっかけになった。「ドライブが大好きですが、他人が運転して自分が助手席に座るとすごいストレスを感じる時がある。この体験が研究テーマを選ぶ要素になりました」と打ち明ける。

 「社会に役立ち、受け入れられる成果を上げていきたい。研究室からベンチャーを立ち上げており、すぐに社会的な評価が検証でき、基礎研究と呼応して展開できるのも強みです」と神原准教授は語る。

大学発ベンチャー発進

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西村さんらが開発したアプリ「だべらいぶ」

 実は、TV雑談エンジンの成果をもとに博士後期課程3年生の西村祥吾さんと澤邊太志さんは、大学発ベンチャー「アミロボテック」を発足した。「だべらいぶ」というアプリなどを無料で提供するサービス事業で、ユーザのデータを研究開発にも活用する。

 西村さんは、対話ロボットにコメントを発話させ、相づちを打つなど親近感をわかせる話し方を研究している。「雰囲気に合わせて声のトーンを演出できるような音声合成を考えています。ベンチャー体験から蓄積したノウハウをビジネスや研究に活かす人材になりたい」と意欲を燃やす。大学の馬術部出身で乗馬が得意なので、生涯続けたいという。

 澤邊さんは、自動走行時のストレスや酔いを軽減する研究で「生体センサーを使って、被験者のストレスの度合いなどを客観的に数値化したデータを集め、軽減する方法を提案しています。基礎研究を固めたあとは、自動車会社など企業で使えるような形の応用研究を目指しています。ベンチャーについては、提供できる他のサービスもあり、改善して広げていきたい」と抱負を語る。豪州留学の経験があり、「本学は、海外からの留学生や研究者が多く、ロボットについても新たな視点が得られます。そのため、多くの言語が学びたく、交流を重ねています」と前向きの姿勢だ。