読売新聞寄稿連載「ドキ★ワク先端科学」から~

第50回:バイオサイエンス研究科 機能ゲノム医学 石田靖雅准教授〔2017年7月19日〕
「新薬オプジーボ 免疫力活性化」

石田靖雅准教授
石田靖雅准教授

 皆さんは「オプジーボ」というがん治療の新薬をご存じですか。従来の抗がん剤のようにがん細胞を直接攻撃するのではなく、体に本来備わっている免疫の力を活性化することによって、がん細胞を抑え込むことを可能にした画期的な薬です。

 日本とアメリカで共同開発され、2014年、世界に先駆けて我が国で使用が承認されました。今では60か国以上で使われています。

 オプジーボは、どのような経緯で開発されたのでしょうか? その源流は26年前、私が京都大学で不思議な分子を発見したことに遡ることができます。

 当時私は「免疫細胞はどのように自分(自己)と他者(非自己)を見分けるのか?」という問題に取り組んでいました。

 免疫細胞(Tリンパ球)は病原体などの敵=他者に反応し、撃退することで体の健康を守っています。しかし時には自己(自分自身の体)に反応し、攻撃してしまう免疫細胞ができることがあります。

 このような免疫細胞は、自身が体にとって危険な存在であることを察知し、自ら死ぬことで体を守ります。危険な免疫細胞は自死するよう、あらかじめプログラムされているのです。

図1
Tリンパ球のPD-1分子は、がん細胞が出すシグナルを受けると、免疫反応のブレーキとして働く。オプジーボ(抗体)がこのシグナルを遮断するとブレーキが外れ、がん細胞を攻撃する

 1991年秋、私は免疫細胞が自死する際に著しく活発になる遺伝子を発見し、「PD(プログラムされた細胞死)-1」と命名しました。

 この遺伝子が作り出す分子(たんぱく質)の役割は長らく不明でしたが、遺伝子操作でマウスのPD-1を働かなくして観察した結果、免疫細胞の働きを止める「ブレーキ分子」であることがわかりました。

 体内で増殖するがん細胞は、このブレーキ分子をうまく利用して免疫細胞の攻撃をかわしているらしい。PD-1に反応する抗体を使ってブレーキ機能を解除すると、免疫細胞が抑制から解放され、がん細胞への反応が著しく高まることが分かりました。

 実は、最初に紹介した新薬オプジーボの正体は、このようにPD-1分子の作用を止めることで、がん細胞への免疫力を一気に増大させることに成功した抗体分子だったのです。

 現在も、体内でのPD-1の働きには多くの謎が残っています。例えば抗体でPD-1の働きを阻害すると、なぜがん細胞に対する反応だけが活性化されるのか。これは今後、薬効の向上につながる重要なポイントです。私たちは奈良先端大でPD-1の機能を根本から捉え直し、残された謎の解明を目指しています。