~広報誌「せんたん」から~

河野憲二教授、木俣行雄准教授

巧妙な品質管理システム

生命を維持するために、さまざまな種類の タンパク質が体内の生理作用をコントロール したり、体の構成成分になったり、主役とし て働いている。それぞれのタンパク質の設計 図は、すべて遺伝子に書き込まれていて、そ れに基づいて作られる。しかし、中には変形 して機能を失うなど異常なものが混じるので、それを体内にある工場の品質管理のようなシ ステムでチェックし、再生したり、破壊した りする形で取り除く。異常なタンパク質が蓄 積すると細胞の機能が正常に働かず病気になってしまうからだ。

こうしたデリケートで巧妙なタンパク質の 品質管理について、河野教授らは、膜タンパ ク質や分泌タンパク質をつくる細胞内の小器 官「小胞体」に焦点をしぼり、研究を重ねてき た。そこでは、異常なタンパク質の蓄積によ り機能を妨げるストレスがかかると、その状 態に応答して「分子シャペロン」という一群の タンパク質が誘導されて異常タンパク質が処 理される。河野教授は、そのさいに異常タン パク質蓄積の情報を素早く感知しその情報を 細胞内の「核」に伝える情報ネットワークが働 き、シャペロンの遺伝子情報を効率良く「転写」誘導し、増産して体勢を整えるシステム についてこれまで研究してきた

。 河野教授は研究室のテーマについて「タン パク質の異常をどのような分子が感知して、その情報をどのようにして核に伝え、また細胞がどのように応答していくのか、というメ カニズムを分子レベルで明らかにする基礎研 究、もうひとつは、それらの応答が破綻した ときに起こると考えられている病気、たとえ ば糖尿病や神経変性疾患などとの関連を調べ ることです」と説明する。

タンパク質の合成を一休み

最近の大きな研究成果のひとつは、タンパク質 の合成を一時的に止めて、異常タンパク 質蓄積によるストレスを効率的に解消するシステムがあることを柳谷耕太特任助教らとと もに発見したことだ。米科学誌「サイエンス」 などに掲載され、国内メディアも「ストレス 解消には休養が必要」との比喩を使って紹介 した。

この現象は、小胞体に異常タンパク質が蓄 積したとき、「XBP1u」というタンパク質が、 処理を促す別のタンパク質「XBP1s」に変身 するときに起こる。小胞体で「XBP1u」の設 計図を持つmRNA分子の一部が切り取られて 「XBP1s」の設計図になるためで、それには、 mRNA分子が小胞体膜上に集まる必要がある。 そこに「一時休止」の理由があった(図1参 照)。つまり、mRNAは小胞体への移行シグ ナルをもった「XBP1u」を合成途上で休止す るので、XBP1uタンパク質とXBP1u mRNA の両者はリボソームと一緒に結合したままに なる。この結果、XBP1u mRNAは半製品の タンパク質に運ばれる形で小胞体膜上に向か っていくのだ。

「通常、タンパク質合成は途中で止まるな どということはなく正常に進行しますが、 XBP1uタンパク質だけは例外で、ストレス 情報を効率的に伝えるために一時休止が非常 に大切であるということです。さらに、 XBP1uタンパク質は、タンパク質としては 未完成なのにXBP1u mRNAの運び屋として 機能するなど興味深い情報ネットワークがわ かってきました」と河野教授は解説する。

一時的翻訳停止によるストレス応答の効率化動物細胞では翻訳途上のXBP1uのHR領域を利用し、翻訳を上図の状態で一時休止しXBP1u mRNAを常に小胞体膜上に局在化させ、ストレス時にセンサーIRE1による効率良いストレス応答を行う
一時的翻訳停止によるストレス応答の効率化
動物細胞では翻訳途上のXBP1uのHR領域を利用し、翻訳を上図の状態で一時休止しXBP1u mRNAを常に小胞体 膜上に局在化させ、ストレス時にセンサーIRE1による効率良いストレス応答を行う
  • 小胞体ストレスセンサーIre1のクラスタリング(酵母)正常時は小胞体膜上に均一に分布するセンサー(左)がストレス時にはクラスター化する(右)
  • 蛍光顕微鏡を用いたマウス組織の観察
    蛍光顕微鏡を用いたマウス組織の観察
[図2]小胞体ストレスセンサーIre1のクラスタリング(酵母)
正常時は小胞体膜上に均一に分布するセンサー(左)がストレス時にはクラスター化する(右)

センサーは情報の発信源

また、木俣准教授は、小胞体の膜を貫通するタンパク質のストレスセンサー(Ire1)が異 常タンパク質を感知し、活性化する仕組みに ついて、センサー分子に結合しているシャペ ロン(BiP)が解離し、センサー分子同士がく っつくことにより、センサー分子が直接、異常タンパク質を感知したうえで細胞内に情報 を流すという仕組みを酵母の研究で明らかに した。

一方で、マウスにおいては、同様のストレ スセンサー(IRE1)が異常なタンパク質の蓄 積をうまく感知できないと、血糖値を下げる ホルモン、インスリンを分泌する膵臓ランゲ ルハンス島のβ細胞に異常が起きることなど、 糖尿病発症との関連を示唆するデータを得て いる。特定の遺伝子を失わせた独自開発のマ ウスを使っての成果だ。今後、細胞内の異常 が、細胞の集合である個体の病気にどのよう な仕組みで影響しているかを詳しく調べ、創 薬などに結びつけていく、という。

生命の謎がさまざまな側面から明らかにさ れていく。河野教授は「予想していなかった ことを発見する。それで謎が解けるところが サイエンスの醍醐味です。さらに、その成果 が病気の原因の解明や創薬、治療法の開発に 結び付けられたら素晴らしい」と話す。「わ くわくするような研究をしたい」が信条で、 学生に対しては「面白くてどんどん広がって いく研究を」と期待する。テニスやスキーが 得意なスポーツマンでもある。

また、木俣准教授は「変わったことや前例 がない現象には、委縮したり、頭から否定し たりせず、きちんと向き合ってとにかく面白 がる、それが科学の楽しさです」と研究の秘 訣を語る。学生時代から東南アジアをバックパックで旅行するのが趣味で、キャンパスで の留学生との交流にも役立っている、という。

研究の方向がみえてきた

研究室で学生たちと

若手研究者も先端科学の挑戦に夢を抱いて いる。博士後期課程2年の土屋雄一さんは、 哺乳動物(マウス)のβ細胞では小胞体ストレ ス応答経路が常に活性化しており、さまざま なセンサーが働き、遺伝子を活性化して処理 能力を上げる現象について調べている。河野 研独自開発の遺伝的に2種類のセンサーを同 時に失ったマウスを使った実験では、血糖値 が跳ね上がり、β細胞の数も減っていること を突き止めつつある。「一種類のセンサーが 欠損しても他のセンサーが補完しているらし く、研究の先が見えてきました。β細胞特異 的な小胞体ストレス応答の遺伝子を特定した い」と意気込む。「学部のころから、ずっと 糖尿病に興味を持っていて、河野先生の小胞 体ストレスの論文を読んで入学しましたが、 ついにβ細胞に行きついた」と振り返る。海 外での発表も経験し、研究面での国際感覚も 身に着けた。本学のビーチフットボール部 「NAIST」に所属し優勝経験もある、という。

博士前期課程1年の曽川愛守榮(そがわ あしゅえい)さんのテーマは、タンパク質の合成が一時休止したあと、再開するさいに必要 な因子を探している。「予想を立て候補を絞っていて見つかることを願っています。学部では光合成の研究でしたが、動物細胞の研究 がしたくて入学しました。大学院大学なので、 博士研究者や教員の層が厚く、何でも相談で きます。今後も研究者を続けていきたい」と 張り切る。

同1年の保田裕貴さんは、神経変性の病気 の要因となるタンパク質の分解に関わる因子 を調べている。「新たに関与している物質が 見つかった可能性があります。運がよかった のでしょうが、面白くなって博士後期課程に 進むことを決めました。同期生はほとんど出身学部が異なるので知識の幅を広げられると ころがうれしい」と胸を膨らませる。

同1年の高橋砂予さんは、マウスの寄生虫 感染に伴う小胞体ストレスをキャッチするセ ンサーの機能を解析している。「学部では化学合成の研究だったのですが、生物の研究が したかった。機能に関するデータが出始めているのがうれしく、博士後期課程に進み、研 究者になりたいと思っています。国内外の研究者を呼んでシンポジウムやセミナーが開かれ、幅広い知識が学べるところがいい」と話していた。