~広報誌「せんたん」から~
[2012年1月号]
情報科学研究科 ディペンダブルシステム学研究室 井上美智子教授、畠山一実特任教授
壊れたものを見つけるシステム
膨大な計算をたちどころにこなすLSI(大規模集積回路)チップは、生活や社会システムの根幹を支える電子部品である。携帯電話、家電製品をはじめ、自動車、交通システム、医療システム、データ管理とほとんどの製品や機材、システムに組み込まれている。性能の向上に伴い、一つのLSIチップにトランジ スタなど素子を数十万個から数億個も並べたものも登場してきた。過密になればなるほど、チップづくりの精度が要求され、経年劣化による性能低下にも気を配らなければならない。何しろ、一つでも動かなければ、不意に機械 が止まったり、システム障害が起きたり、特に医療や交通などいのちに関わるシステムでは重大な事故につながる恐れがある。そこで、チップの高い信頼性が必要になってくる。「ディペンダブルな(頼りがいのある)LSIチップの研究です。ソフト(プログラム)とハード(LSI本体)の両面からさまざまな評価手法の研究開発に取り組んでいます」と井上教授は説明する。
LSIは、製造のさいに電子的なデータにより回路設計したソフトをハードに書き込み、物理的な回路を作って製品にする。たとえ、ソフトが完璧であっても、このさいのミスも考慮しなければならない。
だから、信頼性を高める上で不可欠なことは「まずチップが壊れないこと。そして壊れているものをきちんと選択し排除できることです」と明解だ。「半導体のチップは、工場で出荷するときに、非常に厳しいテストをします。それでも、経年劣化することがあるので、チップ自体が自分をテストして、いま安全と伝える仕組みも入っています。常に信頼性が保証されなければならないのです」と説明する。
機能に異常がないか調べるテストの方法は、LSIにコンピュータの計算で使う「0」「1」からなる二進法の数値を入力し、答え(出力)の正否をみてチェックする。ただ、膨大な素子の連なりの回路から出された結果を手掛かりに、常にミスなく機能するかどうかを診断するには、多数のテスト用のパターンが必要になって時間がかる。こうしたことから、どれだけ簡略に、的確にテストを行うかが、コスト削減などの面で課題になっている。
劣化を予測するチップ
井上教授は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST)の中で「LSIの高信頼化」を目標にしたプロジェクトに、畠山特任教授とともに取り組んでいる。
「これまでのLSIのチェックは、出荷のさいにテストしていましたが、回路の微細化に伴い、チップ(システムオンチップ)の中に多くの素子が入れられるようになった。そこで、テスターになる素子を入れて、動いているときも自分の性能をチェックし、そろそろ危ないとか、壊れる前に知らせる仕組みを研究しています」と井上教授。壊れてから知らせるシステムはあったが、LSI自体の自己チェックで劣化予測するのは初めてだ。 「LSIの中の素子は、1回ナノ(10億分の1)秒ぐらいの速度で計算していますが、それより速くピコ(1兆分の1)秒単位で測定出来るテスターにより、計算速度の遅れの経過(履歴)を見て劣化の度合いを検知するという方法です」と井上教授。ただ、「測定のタイミングや温度環境の変化の影響を見分けるなど実用化の課題はあります」(畠山特任教授)という。
また、井上研究室では、LSIの計算手順(アルゴリズム)について、チップ内の複数のCPU(中央演算装置)を同時に稼働させて、スピードを上げる「並列アルゴリズム」、複数のコンピュータをうまく協調させて効率を上げる「分散アルゴリズム」の研究をも手掛けている。
「どれも最終的に高信頼性につながるのですが、たとえば、どこかのLSIが壊れていても、そこを別のLSIがカバーするという発想です。多数のLSIが競合していても、計算データを提供し、助け合ってむしろ速くなるというアイデアもあります」と井上教授は解説する。
コンピュータに触れたかった
井上教授のコンピュータ研究への思いは高校生のころから。当時、パソコンは家庭にまで普及しておらず、大学に行けば触れることができると情報工学を専攻した。そこで学ぶうちに、コンピュータの性能向上の方法を数学的に証明できる計算理論の面白さを知った。「半導体が急速に進化する中で社会のインフラになるシステムを支えているというやりがいはあります。研究の秘訣は、解決すべき課題に突き当たったときの集中力、一方で関連の知識を幅広く吸収しておくことがひらめきにつながります」という。研究以外ではテニス、バスケット、バレーとスポーツ系で、最近では研究室で学生と卓球を楽しんでいる。
畠山特任教授の大学・大学院での研究テーマは、コンピュータのトラブルのさいに、並行して稼働させておいた別のシステムを使う「冗長化」などによる高信頼化だった。企業の研究所に入ったのをきっかけに半導体の不良品を除くためのテストの研究を続け、LSIが自動的にテストするシステムなどを開発したあと、本学に着任した。「企業では比較的自由だったものの、周囲の要求によってテーマ選びすることがありました。大学では自分のテーマを出せる。ニーズ志向とシーズ志向という大きな違いがあります」と畠山特任教授。趣味は、小学生からの囲碁、競技かるた、スポーツは水泳、ジョギングと幅広い。
- 劣化検知アーキテクチャ
- システムオンチップ自身の劣化を予測するテストアーキテクチャ。SoC Test Controller、Core Test Controllerなどテスト回路を埋め込んで、チップ自身のテストを自己チェックできる手法仕組みを提案している。
- テスト時回路温度均一化手法
- LSIのテストの精度向上のため、テスト時に回路温度が一定となるテストパターンの生成法を提案している。通常のテストパターン(左)に対し、テスト時のチップ内の場所による温度ばらつきの軽減(中)、時間的な温度ばらつきの軽減(右)を行う。
自由な環境で研究
研究室は2011年4月に開設されたばかりで、若手は「のびのびした自由な雰囲気でテーマに取り組める」と口をそろえる。博士前期課程2年の豊永翔さんのテーマは並列アルゴリズムで「XMLデータベースという大規模なデータベースを効率的に高速化して計算する研究をしています。いま、提案したアルゴリズムを実装して試している段階で、理論通りの結果が出るように期待しています。プログラムがうまく動かないと悩みますが、軌道にのったときは本当にうれしい」と話す。大学時代に上方落語のサークルに入っていたが「研究で頭が疲れたときや、論文発表のときの講演の時に役立っているかな」同2年の上山祐信さんも並列処理の研究だ。 「実装の段階で、これから解析に入っていい結果が出ればと願っていて、不安でもあり楽しみでもあります。研究室ではきわめて丁寧に指導してもらえるところがいい。留学生から英会話が学べるし、研究室の前に卓球台があって、全員で体を動かし気分転換ができます」と学生生活を満喫する。 また、同2年の西原有哉さんは、無用な計算を行わないように効率化する遅延テストの研究をしている。「テストパターンの数を減らすのが目標です。カリキュラムが非常に充実しているので、情報やネットワークの分野を幅広く勉強できたのが非常によかった。自動車関連メーカーに就職が決まっていて、半導体を扱えるようですが、研究室で学んだことを生かしていきたい」と抱負を語った。