~広報誌「せんたん」から~

中村哲教授、戸田智基准教授

ドラえもんのような技術

自分の言葉を外国語に換えて会話できる 『ドラえもん』の「ほんやくコンニャク」、声の質を自在に変換できる『名探偵コナン』の「蝶ネクタイ型変声機」...。漫画やアニメの 世界で描かれる夢の道具が実現できれば、グ ローバル化する社会のコミュニケーションは とても豊かになるだろう。

こうしたわかりやすい例を挙げながら、中村教授は「人間のコミュニケーションを支援 し、むしろエンハンス(強化)するような技術 を研究開発しています」と研究室のテーマを 語る。

昨年4月にスタートした研究室だが、それまで中村教授はATR(国際電気通信基礎技術研究所)の所長やNICT(情報通信研究機構)の研究所長を務め、主に音声翻訳の研究を手掛 けてきた。旅行などでの短い会話をその場で機械翻訳することにより、異なる言語を使う人たちの交流をサポートする技術だ。

「本学では、講演、会議で話される長い文の同時通訳ができるようにしたい。日本語は 英語と文の構造が基本的に異なり、肯定か、否定か、文の最後まで来ないとわからないなど難しい点がありますが、ある程度のレベル の同時通訳はできるようになると思います」 と抱負を話す。

英訳の音声翻訳システムの場合、まず日本語で「はじめまして」と入力すると、その音声を機械が認識する。その言葉の意味を機械 が翻訳して英語のテキストにしたうえで、それを音声合成して「ナイス・トゥー・ミー ト・ユー」と声を出すという手順になる。どの段階も改良の課題があり、「少々誤った認 識でも最適な翻訳ができるようにする」「同時通訳並みに機械翻訳の速度を上げる」「感情などのニュアンスを伝える」といった正確で素早く自然な形でのコミュニケーションをかなえる研究に取り組む。

音声翻訳システム解説図
音声翻訳システム解説図

個性ある声質を

人の声をつくる音声合成の研究も主要なテ ーマで、戸田准教授らが担当する。なかでも 病気や事故で声帯を失った発声障害者に元の 声を取り戻してあげる音声変換の技術は福祉面でのニーズが高い。「発声障害者が機械を 使っての会話は、どうしても人工的な声にな る。そこで、それに対応した健常者の声にリアルタイムで自動的に声質変換するようなシ ステムを研究しています。本人が望むような 声になるように複数のサンプルの声を混ぜる技術も研究しています」と戸田准教授は説明 する。このため、さまざまな質の声を集める 「ボイスバンクプロジェクト」を計画。このシステムを携帯できる装置に載せて、日常使 えるようにする研究にも力を入れる。

このほかにも、幅広いテーマを設定して取り組んでいる。人間の言葉を理解し、話せる機械(ロボット)の作製。大勢の中で周囲に迷 惑をかけたり、傍聴されたりせずに話せる携 帯電話。ウェブ上の膨大な情報(ビッグデータ)を処理し、対話をうまく進めるための知 識として役立てるシステム。各個人に合った 情報提供の方法(個人性モデリング)を探索するシステムなどだ。

ユニークなのは、脳科学を使い、機械が対 話する人の「えっ、常識と違う」という反応 を察知し、翻訳ミス、対話の食い違いなど発 見する研究で、これはスタートしたばかり。 脳波の波形を測定して「正確に理解していない(空気を読んでいない)」と違和感を抱いた ときに出る特徴的なパターンを検出しておき、同じパターンを機械がキャッチすれば警告する仕組みだ。

いずれのテーマの要素技術も相互に関連し、 組み合わせによって有力なコミュニケーショ ン支援の手段になる。これだけ多様なテーマ に挑めるのは、本学情報科学研究科の新たな試みである「スーパーリサーチグループ(SRG)」として 研究室の枠を超えて学内外の大学・研究機関 と積極的に共同研究を行っているからだ。企業とは共同研究のほかに、学生の教育として実践にすぐに役立つカリキュラムの検討も進めている。

  • 音質変換用DSP(デジタルシグナルプロセッサ)発声障害者の声から自然性の高い声へとリアルタイムで変換するDSPの構築に取り組んでいる
    音質変換用DSP(デジタルシグナルプロセッサ)発声障害者の声から自然性の高い声へとリアルタイムで変換するDSPの構築に取り組んでいる
  • 脳波測定装置
    脳波測定装置

世の中を変える研究が必要

研究室で学生たちと

「自分の声をつくり出したり、分からない言葉があったらその場でささやいてくれたり、相手が外国人だと自動的に翻訳してくれたり。 コミュニケーションに役立つ理想的なサイバ ースーツのような機能が開発できたらいい。共通の夢に向かって学生らとともに研究する ことが、教育にもつながるでしょう」と中村 教授。「新しい研究と同時に世の中を変える 技術をつくることが重要」というのが研究哲 学だ。学生に対しては、自分の研究について本質をはずさず説明できるように「研究内容 を一言で話せるようにする」と指導する。

戸田准教授は「物事を考える癖をつけ、本 当に理解するということを学んでほしい」と学生に呼びかける。「あとは楽しく研究して ほしい」。本学については「大学院大学なの で、外部から非常にモチベーションの高い学 生がはいってきます。半面、入学後、学部生 のときからの教育をカバーする努力は必要不可欠です」と打ち明ける。

研究室のスタッフは国際的だ。サクリア ニ・サクティ助教はインドネシア出身で、バ ンドン工科大学を卒業後、ドイツで博士号を 取得した。グラム・ニュービッグ助教は米イ リノイ大学を卒業後、京都大学で博士になった。中村教授もドイツ・カールスルーエ大学 の客員教授も兼務している。まさに、欧米、 アジアの世界的なコネクションをカバーした研究体制を整えている。

学生は博士前期課程20人、博士後期課程 4人の大所帯。アジアや欧米からのインター ンシップも受け入れている。

博士後期課程1年の田中宏季さんは、自閉症者のコミュニケーション支援がテーマ。「携帯端末でアプリケーションをつくり、無 料で公開しています。自閉症の人は、自己表現がうまくできず、相手の気持ちや表情を読み取るのが苦手です。そこで、このような表 情のときはこんな風な思いを伝えたがっているというのを教えるツールです。使った人から良い反応をもらったときは、役に立ったという実感があり、うれしい」と話す。

博士前期課程2年の高道慎之介さんのテーマは、音声翻訳の際のテキストの音声合成。 『ドラえもん』の「ほんやくコンニャク」を実 現するために「いまのこもったような音質を 改善したうえ、話者自身の声が出せるように 個性を持たせる研究をしています」という。 昨年の研究室の立ち上げ時に入学したが「設 備を整えるなど自分で動くことの大切さを知 る良い経験でした。情報科学は専門外だった ので、専門用語を使う英語の講義が多いのは少しつらかったが、ようやく慣れました。進学し研究者になる自信もついてきました」と 意欲を見せる。

博士前期課程1年の神保希美さんは、難聴 者を支援するテーマを探している。「健常者 が難聴を体験するシステムの作製か、会話の 内容が携帯電話などで簡単に文字になって理解できるようにするシステムか、どちらにしようか考えています。本学は、音声の研究が盛んということで選びました。少し授業が多いですが、おかげで毎日が充実し、負けては いられない気持ちです」と率直に語る。

博士前期課程1年のウ・ビョウさんは、中国・大連理工大学を卒業したあと本学へ留学。「外国人に向けて自然な日本語、とくに中国とは違った敬語表現に注目して翻訳できるようにしたい。日本語は本当に難しいので、外国人のサポートができたらと思います。本学の学生はまじめですごく勉強するので私の励みになります」という。趣味は書道と旅行で、関西方面はすでにほとんど訪ね、「日本の生 活がますます好きになりました。日本で就職したい」と張り切っている。