~広報誌「せんたん」から~

安本慶一教授、玉井森彦助教

救急医療の支援

「街や家庭の中にさまざまなセンサがあって、それを無線ネットワークやコンピュータなどに接続することで効率よくユーザに役立 つ情報を提供し、より豊かなIT社会を実現す ることが大きな目標です」。安本教授は「いつでも、どこでも、だれでもITの恩恵が受けられる」ユビキタス社会を実現するために、 ユーザとコンピュータとの接点でうまく機能 するシステムの研究開発を行ってきた。ユーザ自身や周囲の環境の状況をセンサでキャッチし、「どの情報が必要か」をコンピュータ で計算して判断し、画像などで可視化して提供するという研究である。

具体的なテーマで最近注目されているのは、大規模災害時の救命救急医療を支援するシステムの開発。大阪大学などとの共同研究だ。 多数の負傷者が出た場合、重傷者から順に 病院へ搬送するためのトリアージ(優先度決定)が行われる。けがの程度に応じて色分けした紙のタグを患者につけ、素早く識別できるようにする。

ところが、容体が急変しても紙のタグの付け替えが間に合わないことがあるため、即時 対応できる「電子トリアージタグ」の研究プ ロジェクトが進んでいる。負傷者に呼吸数、 脈拍、血中酸素濃度を測る生体センサを装着しデータを無線で基地局に送信し、容体の変 化をチェックする仕組みだ。

その中で、安本教授らは、現場のどの位置 に急変した患者がいるかがリアルタイムの生体情報とともに、地図上に画像化してわかるシステムを開発した。3D画像で表示することもできる。これで医師や救急隊が臨機応変 に出動し、探し当てることができるが、その 際、患者に携帯多機能端末を向けると生体情報が表示されるという確認のソフトもつくった。混乱の中で一刻を争う医療現場でのミス を防ぐ有力なツールになりそうだ。

  • 電子トリアージを用いた救命救急システム:患者の位置と優先度を地図上に表示している様子
    電子トリアージを用いた救命救急システム:
    患者の位置と優先度を地図上に表示している様子
  • 電子トリアージを用いた救命救急システム:携帯端末を 向けた方向にいる患者の生体情報がリアルタイムに表示 される様子
    電子トリアージを用いた救命救急システム:
    携帯端末を 向けた方向にいる患者の生体情報がリアルタイムに表示 される様子

省エネや交通渋滞も

時代の要請である家庭内の省エネを進める システムの開発も大きなテーマである。ユー ザの快適度や家電の消費電力を室内に取り付 けたセンサで自動計測する。その上で快適さを保ちながら省エネの目標を達成する家電の 制御プランを携帯多機能端末に画像で表示し、 操作もできるようにする。携帯の照明センサを使い、照度の変化によりユーザの位置を推 定、追跡するなどシステムを安価に簡略化す る工夫も取り入れている。

また、交通渋滞の情報をドライバーらが参加して自動的に検出し、伝達するセンサシステムも研究している。多数の運転者の携帯端末や自動車に搭載したセンサから通行中に送 られる個別の情報を集約して、渋滞個所を見つける。実験では、その場所を通る自動車に取り付けたビデオカメラが自動的に渋滞状況 を撮影し、後続車のカーナビなどに画像を送って、迂回するかどうかを判断する材料を提 供するという仕組みを検討している。

このほか、健康支援のシステムとして、ウ ォーキングの際にどのコースをどれだけの速 さで歩くと辛くなるかを推測するソフトも開 発した。GPS(全地球測位システム)で歩行速度を測り、本人の身体能力を示す運動強度 から身体状況を推測して知らせる、という。 「このようにセンサで人や環境の情報を集 め、それを使ってユーザにサービスとして還元する方法は無限の応用が考えられ、質の高 い豊かな社会をつくるうえで必須のシステムになっていくでしょう。ただ、センサの数値 データからどのように具体的な状況を推測するか、わかりやすく画像化するかなど研究す べき課題は多い」と安本教授は話す。

また、玉井助教は、研究室の一連のテーマ の中で、共通する大きな技術的課題である携帯端末による無線通信を安定化し、品質を向 上させる研究に取り組んでいる。たとえば、 データ通信が錯綜した場合、回線がパンクしないように電話回線の3G(第三世代携帯電話 回線網)の負荷を無線LANの方へ逃がすことが 考えられる。また、無線LAN自体の品質向上のため、通信を複数のチャンネルに振り分けたり、 少し遠い所をアクセスポイントに選んだり、さまざまな方法を研究している。

ユーザ参加型センシングによる渋滞情報の収集・配信システム:渋滞発生地点の動画を効率よく収集し、その地点にこれから向かうユーザが所有する端末へ配信する ユーザ参加型センシングによる渋滞情報の収集・配信システム:渋滞発生地点の動画を効率よく収集し、その地点にこれから向かうユーザが所有する端末へ配信する
ユーザ参加型センシングによる渋滞情報の収集・配信システム:渋滞発生地点の動画を効率よく収集し、その地点にこれから向かうユーザが所有する端末へ配信する

面白く実用化される研究を

このような多彩なテーマで研究を展開する 安本教授は、「研究は、自分にとって面白いと思うことがないと続かないので、学生にも テーマは自分で選ばせています。また、実用 化される技術であることも必要です。研究室では目的地までの最短経路を示すナビゲーションシステムを作りましたが、それが奈良の 観光案内として名所をどのように巡れば効率的かという形で使われている。そのような社 会還元できることが喜びです」と語る。趣味 はガーデニングと釣りだ。

玉井助教は、「日常生活の中でこれは役立つと気づいたテーマを選んでいます。ITは個 人の能力の範囲を非常に拡大できる技術と思 います。これまでなら工場で大規模なハードを作って開発しなければならなかったものが、 個人レベルでソフトを開発して、それが一気 に広まって劇的に生活スタイルが変わることがあります。それが面白い。学生に対しても 好きなテーマであっても、新規性を重視して 研究するように求めています」と強調する。 学生にとってもユビキタスの研究はそれぞ れの発想を生かせる分野でもある。

研究室で学生たちと

博士後期課程2年の水本旭洋さんは、家庭 内の省エネシステムで、センサと家電機器の ネットワークがうまく連動して自動制御できているか、テストする手法について研究している。「テストのときに、実際に室内の温度 を下げてみるなど手間がかかるので、これを 簡略にする手法を考えています。博士前期課 程では救命救急のトリアージの効率化の研究 でしたが、もう少し対象が幅広いテストに移 りました」と話す。「ITの研究は、システム を作る理論からモニター画面のシミュレーションまで見られるのが楽しい。将来はユビキタスか無線通信関係の企業の研究者になりたい」とITへの思いは一貫している。

博士前期課程2年の小山由さんは、大災害 時に通信機能が停止状態になっても、互いの 端末が自動的に探知し合ってデータを送受信 する「すれ違い通信」で安否情報をやり取り する研究を行っている。「シミュレーションで安否情報の到達率などを調べています。特定の人にどのように送信して安否を問うか、返事をもらうか、というところなど問題があるので何とか解決したい」と抱負を語る。「学部ではロボットに考えさせる論理プログ ラムの研究をしていましたが、すぐに社会に 役立つ研究がしたくて本学に入学しました。 ITの基礎の知識に加えて、対象の応用の分野の深い知識も必要なので勉強が大変です。その点、この研究室はいろんな分野の出身の人がいるのでアドバイスがもらえるところがい いと思います」と期待する。

博士前期課程1年の柏本幸俊さんは、家庭 内の節電支援の研究だ。「これまでの節電は、 システムの方でスケジュールが決まっていて、 この時間は洗濯機を使うとか、人間に押し付 けるケースが多かったのですが、むしろ上手 に節電を工夫している人の生活の知恵を活用 して、必要に応じてスムーズにユーザに示せる提案型のシステムの方法を考えています」とユニークなアイデアを示す。「学部のとき は、携帯多機能端末を使って家電の操作をす る研究で、今と似たテーマでした。研究室で は、最初はカルチャーショックになるほどさ まざまな分野の出身の人と出会いましたが、それがいまは研究の道に進もうと決心するき っかけになりました。自然に囲まれて修業するような環境も私にとってはふさわしい」と本学での研究に意欲を見せている。