~広報誌「せんたん」から~

中村雅一特任教授、松原亮介特任助教

どこにでも作れる

コンピュータやテレビなど家電、携帯電話、 自動車などさまざまな製品の主要な電子部品 である半導体。高度で便利な製品が登場する とともに、半導体部品はより微細で複雑な構 造を実現する形で要求に応えてきたが、技術 的な限界も見えてきた。そうした状況の中で 中村特任教授らの研究室は、新たに大きな流 れとなる有機化合物を材料にしたエレクトロ ニクスの研究を続けている。

中村特任教授によると、有機化合物は柔ら かくて加工しやすいので、環境に負担をかけ ず低コストで製造できる。材料をフィルムの 基板に塗布したり、印刷したりして薄膜の半 導体を作れば、どこでも使えるしなやかな電 子部品になる。

また、環境中にある未利用のエネルギーか ら電力を得るための新たな電子部品を創りだ すこともテーマの一つ。特定の有機薄膜が使 えるかどうか、電子的な物性を評価する世界 唯一の装置を開発して未知の機構を明らかに するとともに、有機熱電変換素子や有機太陽 電池などへの応用研究も進める。

「環境への負荷を少なくし持続可能な社会 を守るとともに新産業を起こすという両方の 課題に貢献できます。有機エレクトロニクス は製造のエネルギーが小さいうえ、軽量で柔 軟な製品ができれば、輸送のエネルギーも少 なくて済む。さらに、新技術で必要になった 電力需要も新技術でまかなえばよいでしょ う」と中村特任教授は断言する。そして「机 や衣服など衣食住に関するものすべて(any surface)にエレクトロニクスの機能を加えて いけば、いままでできなかったものができる ようになる」と予測する。

世界最高の分解能

中村特任教授らの最近の成果を紹介しよう。

材料の評価の研究では、「ペンタセン」と いう有機化合物を材料にしたトランジスタの 特性を調べる装置「AFMポテンショメトリ」 を松原特任助教らと独自開発した。この装置 は半導体薄膜内部の電位分布(電子の平均水 面)を10ナノメートル以下の分子レベルの大 きさも見分けられる世界最高の空間分解能で 計測できる。この結果、内部で電気が流れる 詳細な仕組みについて、これまで仮説による 理論計算で推測するしかなかったものを、直 接測定することで解明できた。

松原特任助教は「試料を測定するさいに装 置の真空を改善したり、微小な電流を測定す るのでノイズの除去など測定精度が高まれば 高まるほど対策にかなり苦労しました。研究 の性格上、何回もシリーズで実験を重ねたう え理論づけてようやく成果が分かるので、忍 耐が必要です。それだけに成功したときの達 成感は大きい」と振り返る。

また、不純物にデリケートに反応する有機 トランジスタの電気的な特性を精密に調べる ため、すべての測定を真空中でできる「電界 効果熱刺激電流法」も開発した。その装置に より、トランジスタの重要な特性であるオ ン・オフのスイッチに要する電圧(ゲート閾 値電圧)が決まる仕組みを突き止めた。

有機薄膜トランジスタの定番材料であるペンタセン多結晶膜における結晶学的構造と対応するキャリア輸送バンド端プロファイル。独自の評価装置やシンクロトロン放射光による解析などを駆使して解明した
有機薄膜トランジスタの定番材料であるペンタセン多結晶膜における結晶学的構造と対応するキャリア輸送バンド端プロファイル。独自の評価装置やシンクロトロン放射光による解析などを駆使して解明した。
  • 原子間力顕微鏡ポテンショメトリ装置 AFMP
    原子間力顕微鏡ポテンショメトリ装置 AFMP
  • 四探針電界効果移動度評価装置 FPP-FET
    四探針電界効果移動度評価装置 FPP-FET
  • THz時間領域電場変調分光装置 THz-TD-EFMS
    THz時間領域電場変調分光装置 THz-TD-EFMS
  • 電界効果熱刺激電流測定装置 FE-TSC
    電界効果熱刺激電流測定装置 FE-TSC

基礎と応用の両輪で研究

ポリマー微粒子を用いた自己組織化プ ロセスによって形成された有機縦型トランジスタ(1セル分)の断面

有機縦型トラ ンジスタによってスピーカーから音楽を流す デモンストレーション
(上)ポリマー微粒子を用いた自己組織化プ ロセスによって形成された有機縦型トランジスタ(1セル分)の断面。
(下)有機縦型トラ ンジスタによってスピーカーから音楽を流す デモンストレーション

一方、応用研究のテーマでは、最近、注目 され始めた電波と光波の間の波長の領域にあ る電磁波「テラヘルツ波」を使い、透視した 画像を影絵のように映し出す柔軟な大面積セ ンサーがある。衣服の下に隠し持っていた不 審物を発見するなどセキュリティ用の機材だ。 この電磁波の特定の領域の光は水など特定の 物質にだけ吸収されるので、その痕跡をつな げれば物質の種類も見分けられる。中村研究 室ではテラヘルツ波を受けて電気が流れる有 機半導体のセンサーを敷き詰めた撮像素子を つくるための研究を続けている。

このほかにも多くのテーマがある。人の体 温程度の熱で発電する有機材料の熱電変換素 子はウェアラブルデバイスの電源などに使え る可能性がある。有機材料を積み重ねて作っ たウイルスサイズの微小な縦型トランジスタ を1平方ミリあたり約1000万個も密に並べ ることでパワーを出し、スピーカーを鳴らす ことにも成功した。

「有機エレクトロニクスはシリコンと違っ て材料の選択肢が多く、独自の評価装置で物 性を調べ、応用としてデバイスに結びつけら れるところがとても面白い。ただ、新たに機 能が上回る物質が見つかれば、また一から研 究が始まるというところが大変ですが」と中 村特任教授。だから「基礎と応用の両輪で研 究しているわけで、視野を広げ、深めること でどんな材料にも対応できるというメリット があります」と強調する。

学生に対しても「基礎科学向き、応用向き とそれぞれ学生の志向に合わせてテーマを選 び研究してもらっているので、広い視野で議 論できます。とにかくよく考えてから実験し、 結果が出たらよく考えることが大事です」と語る。

研究を発展させる刺激がある

研究室で学生たちと

中村特任教授は千葉大学で研究を重ね、松 原特任助教ら研究室のメンバーとともに本学 への着任が決まったあと、昨年3月の東日本 大震災の影響で実験設備の移転などが遅れた ものの、夏頃からNAISTで実験を再始動し た。「千葉大ではグローバルCOEに参加し ましたが、学部学科をまたいで研究者が集ま りました。本学ではさまざまな分野の研究者 が密なやりとりをしていて、あの活動に近い レベルと刺激が、すでにそのままある感じで す」と話す。キャンパスの立地環境は都市部 の千葉大と郊外の本学とでは異なるが、中村 特任教授は趣味のオートバイから自転車に切 り替え、1日最高100キロを走破することも。「本学は街中を通らなくてすみ、快適に走れ ます」。

欧米、イスラエルなど海外との共同研究も 盛んで、世界に視野を広げるのも中村特任教 授の方針だ。中国からの博士後期課程2年の 李世光さんは、有機半導体のテラヘルツセン サーを研究している。「有機半導体による安 価なセンサーの開発を目指しています。日本 の大学の研究や教育の人材、設備は素晴らし く、世界一の日本の半導体技術を学び、中国 に帰ったら大学の教官になりたい」と抱負を 語る。

若い大学院生(いずれも博士前期課程1年) も意気盛んだ。

有機半導体内の電気の流れを調べている落 合慧紀さんは、「学部では光学を専攻しまし たが、半導体の分野も知りたくて入学しまし た。本学はテーマ選びが自由なだけに、自主的に計画を立てて勉強する必要があり、その 点が鍛えられます」という。テラヘルツセン サーを研究している吉岡勇多さんは「研究設 備のよい大学として本学を選びました。電気 系の専攻だったのですが、化学、物理など異なった専攻の出身者が多く、刺激になります。 就職しても研究職につきたい」と張り切る。

縦型有機半導体素子の研究を行う関東詩織 さんは、「理学部では基礎研究だったので、応用をしたいと本学に入りました。実験で予 想外の結果が出ても、きちんとした指導があ るので、それはそれで楽しいのかなと思える ようになりました。素材開発のような応用の 仕事につきたい」と意欲を見せる。熱電変換 素子の研究をする戸松康行さんは「有機材料 は熱電の理論がまだ完全に構築されていない ので、すごい特性を持ったものがあるのでは ないかと期待しています。本学の学生はすごく意識が高いので、相談を持ちかけると一生 懸命みんなで考えようという空気になります。 アコースティックギターの同好会に入ってい ますが、まずは研究というところでしょうか」と話していた。