~広報誌「せんたん」から~

[2013年10月号]
情報科学研究科 大規模システム管理研究室 笠原正治教授、川原純助教

笠原正治教授、川原純助教

ビッグデータ処理の問題を解決

猛烈な勢いで巨大化する情報量(ビッグデ ータ)を膨大な数のコンピューターをつない で処理する「クラウド・コンピューティン グ」の大規模なシステムは情報社会のインフ ラである。たとえば、キーワードを打ち込ん でネット検索すれば、たちどころに関連の項 目を引き出せる便利さは知的生産の現場を大 きく変えた。大小のデータ群を解析し、比較 するなど処理能力の向上は、社会や経済活動 の傾向を知り、犯罪や事故、災害の防止など 安全な社会の構築にも役立ちつつある。

こうしたコンピューターの大規模なデータ 処理システムの進展に伴い、ソフトやハード 面での技術的なハードルは高くなる一方だ。 そこで直面する問題を解決し、肥大化するニ ーズに応える新たな処理モデルの提案で「究 極のクラウド・コンピューティング環境の実 現をめざす」とソフト開発に取り組んでいる のが笠原研究室である。

クラウド・コンピューティング用超高密度サーバ(H26年度導入予定)と多数のタブレット端末から構成されるモバイル・クラウド実験環境。
クラウド・コンピューティング用超高密度サーバ(H26年度導入予定)と多数のタブレット端末から構成されるモバイル・クラウド実験環境。

笠原教授によると、主要な研究テーマは、 100万台~1億台ものコンピューター(サーバー)を扱う「スケールアウト・クラウド」。個々のコンピューターの製造時期や能力に違 いがあるので故障が頻発する可能性があり、 予測できないトラブルを防いでスムーズに対 応する必要がある。処理にかかる電気代もサ ーバーの代金を上回るほどにもなるので、低消費電力で運用できるように仕事(タスク)の 分担スケジュールも考慮しなければならない。

さらに、携帯情報端末など異種の端末と高度に連携した「モバイル・クラウド」という 理想の発展形の構築も重要なテーマだ。周波数帯が限られた無線ネットワークでも三次元 画像をリアルタイムでやりとりできるなど大容量の通信が実現でき、災害時にも役立つ。このシステムについても、アクセスが殺到して混雑しないように、周囲の無線環境に応じて端末のアクセスを自律的に制御する方法などを研究している。

トラブルを防ぐ戦略

これまでの幅広い研究成果の一つが、「ス ケールアウト」のトラブルを回避し、効率化 するモデルの開発だ。このシステムは、多数 のサーバーが仕事を分担して同時に作業する 並列処理を行っている。簡略化して考えると、たとえば、4台のサーバーを使うとき、「作戦A」としてデータ量を4つに分割して、そ れぞれのデータを4台のサーバーで別々に処 理すれば、処理時間は4分の1ですむ。しかし、途中1台でも故障すれば、他の3台のサーバーの足を引っ張って、全体の処理がスト ップしてしまう。

それでは、「作戦B」として、データを2 分割し、4台のうち、2台を処理担当、残った2台をそれぞれのバックアップに回せばどうか。処理時間は2分の1にしか縮まらない が、対の2台同時に壊れる確率はほとんどないので確実に完了できる。

どちらが有効だろうか。

笠原教授は「サーバーの台数が多くなればなるほど作戦AとBの処理時間の差は縮まる。 実際は数万台規模なので着実に仕事ができる 作戦Bの方がいい。冗長に見えるような仕掛けの方がうまく動くときがあるということで す」と説明する。ただ、Bは、倍の数のサー バーを使うの で電力の消費 量が多くなる。パフォーマン ス、安全性、 電力消費の間で複雑なトレードオフ関係があ り、調整の必要に迫られるのだ。そこで「ど のような仕事量の時に何が起き易いか、とい った確率論に基づいた数理解析の研究で、効率的に仕事が果たせる処理のスケジュールなど最適のモデルを構築しています」という。

このほか、「サービス・サイエンス」という新たな分野も手掛けている。企業の顧客サービスの受け皿であるコールセンターの効率 的な人員配置計画について、自動音声応答装置にどこまで任せるかなど最適な構成を求める。人に対するサービスの特性を科学的に分 析して明らかにすることにもなる。

  • クラウド・コンピューティングにおけるジョブ・スケジューリング法: 戦略Aはジョブを4分割・4サーバ割当、戦略Bはジョブを2分割、分割ジョブを2 台のサーバで実行。分割数が多くなるとバックアップ型の戦略Bが高性能となる。
    クラウド・コンピューティングにおけるジョブ・スケジューリング法: 戦略Aはジョブを4分割・4サーバ割当、戦略Bはジョブを2分割、分割ジョブを2 台のサーバで実行。分割数が多くなるとバックアップ型の戦略Bが高性能となる。
  • サービス・サイエンス研究の例(コールセンター設計問題): 自動音声応答装置を備えたコールセンターにおける人員配置計画問題を定式化。 低コストでユーザ満足度の高いサービスを提供するオペレータ配置を決定。
    サービス・サイエンス研究の例(コールセンター設計問題): 自動音声応答装置を備えたコールセンターにおける人員配置計画問題を定式化。 低コストでユーザ満足度の高いサービスを提供するオペレータ配置を決定。

実システムに役立つ理論を

笠原教授は「今後、本学ならではの実シス テムに役立てるような理論体系を構築したい。 理論研究ですが、学会の仕事などで企業の人 との交流があり、その経験をベースに実用に 即したモデルを作りこんできました。理論モ デルのよいところは、対象の特性を把握する だけでなく、微調整による性能の向上を予測 することで、基本的な設計の改善に生かせるところです」と強調する。

笠原教授の数理研究の出発点は工学部の学 生時代に学んだ「オペレーションズリサー チ」。現実の問題を確率、最適化など数理モ デルに置き換え、解決する手法で、サービ ス・サイエンスの研究は、その延長上にある。「問題にぶつかったら、まず全体を抽象的に見て数理モデルをつくり、戦略を考えています」という。特に通信の周波数帯が限られていることなど通信・情報科学の分野での資源の競合の問題の解決は長年のテーマだ。

平成24年6月に赴任したが、それまで平 成9年から8年間、本学の助手、助教授とし て過ごした。「本学は、よいと思って発言し、 認められれば、すぐに実現する。自由な雰囲 気で、みんな大学をよくしようという意識が あり、やりがいがありますね」と感想を述べる。 学生に対しては、「世界最先端を行きまし ょう」と研究の喜びを語る。「学生が興味を 持つテーマについて実現するように手厚いサ ポートをします。新しい研究室をみんなでつくっていきましょう」と呼びかける。

一方、川原助教のテーマは「オンライン・ アルゴリズム」。将来の動向が予測できない 時点で、最適な戦略を考案し、その良し悪し を数理的に解析する。たとえば、クラウド・ コンピューティング環境の消費電力を下げる ために、個々のサーバーをどのように作業させるか、特急の指定席を効率的に販売するための座席割り当てといった事前に的確な予測をするための戦略を考える研究だ。

社会のルールを設計する

川原助教は、人の出入りによって照明が自動的に点滅する玄関の省エネについて解析し た。照明は点滅が激しいと器具が壊れやすい ので、ひんぱんに出入りするときは、点燈したままの方がいい。逆にいないときは、消し ておいた方が省エネになる。「どのタイミングで切ればよいか」について考え得るすべてのケースを挙げて最悪の状況を予測した。「これ以上のコストはかからない」という状況を数学的にはじき出して、最低限の保証を するのだ。「今後、スケールを広げて、家単位、町単位の電力の省エネ予測に結び付けた い」という。

研究室で

さらに、状況の変化にも問題が起きないよ うに、あらかじめ社会的な仕組みやルールを 設計するという「メカニズム・デザイン」も 手掛けている。たとえば、新しくできた道路 に殺到しないように交通をコントロールする 仕組み。人は他の状況を考えず、自分本位に 動くという状況下でも、人の行動を予測し、交通渋滞が起こらないようコントロールする仕組みの設計だ。

資源配分についてのルールづくりもある。 単純に均等に分けるのではなく、「こちら側の方は、自分の欲しい資源が多く含まれる」などそれぞれの異なる価値観を満足させるよ うな配分だと問題の解き方は複雑になる。 「シンプルなモデルから入って、次第に要素 を加えて複雑にしていきます」と川原助教。「どんどん複雑になっていくと理論では扱え ないので、当事者に有益な情報を理論の観点 から提供することになります。決めるのは当 事者にお願いします」と笠原教授。グローバ ル化する中でニーズが高まりそうだ。

川原助教は数学や物理が好きだが、実験が苦手であることから、コンピューターのアルゴリズム(手順)を考える研究を選んだ。「まず、しっかりした理論的基礎を固めることが 大切」を研究生活の信条にしているが、趣味 のラーメン食べ歩きは理論的ではなく、北海道から沖縄まで旅行を兼ねて一軒一軒、地道に訪ねる、という。