~広報誌「せんたん」から~

[2014年1月号]
情報科学研究科 ネットワークシステム学研究室 岡田実教授、東野武史准教授

岡田実教授、東野武史准教授

タグ埋め込み、ミスなく手術

画像や音声の情報などアナログと呼ばれる信号をコンピュータで計算できる形の信号に変換するデジタル信号処理。この技術 を駆使して無線通信や位置情報の検出などを研究する岡田教授らは、いつでも、どこでも、何でも、誰でもがつながるユビキタス社会のネットワークにマッチした基盤技術の開発に挑んでいる。

「最近では高速の伝送という分野だけでなく、通信システムから付加的な情報、たとえば位置情報を得ることが期待されています」と岡田教授。

研究室のテーマは多方面にわたる。まず医療面では、がんの外科手術の際に病巣の 位置を正確に特定するシステムの開発だ。 事前に高精度の画像診断により病巣の位置 を調べておいても、開胸すれば、臓器が変 形してずれてしまう。そこで、岡田教授らは、確実にメスが入れられるように、電波により位置情報などを発信する微小な 「RFID」タグを使う方法を考案した。

肺がん手術の場合、このタグを内視鏡により、切除する複数の病巣の位置にあらかじめ埋め込んでおく。そうすれば、手術のさいに、このタグの位置情報や何番目の病 巣であるかを読み取り装置により確認する ことで、複数の病巣の位置を間違ったり、見失ったりすることがない。切除の範囲も小さくてすみ、予後もいい。

RFIDタグを用いた手術支援:小型のRFIDタグに外部から電力を送り、タグから発せられた電波をキャッチして位置を特定します
RFIDタグを用いた手術支援:小型のRFIDタグに外部から電力を送り、タグから発せられた電波をキャッチして位置を特定します

京都大学医学部との共同研究により、動物実験で成功しており、肺がんだけでなく胃がんや乳がんにも使える可能性がある。

「通信だけでなく、3次元の位置まで正確に測ろうとすると、小さなタグは電力も小さ く距離が出せないうえ、体に吸収されるところもある。そこで、あまり減衰しないような 高い周波数を選んで対応しています。いまは数ミリの間隔が識別できる解像度ですが、さらに精度を上げることが課題です」と岡田教授。

ワイヤレス位置情報センシング

もうひとつは、漏洩同軸ケーブル(LCX)というケーブルを使い、トンネル内の走行中でもカーラジオが途切れなく聞けたり、新幹線 などの軌道内への立ち入りをチェックしたりできるシステムの開発だ。このケーブルは通 常の同軸ケーブルと違って、表面に細長い穴 を開けていて、そこから電波が外に染み出るように漏れる構造になっている。だから、どこでもそのケーブル沿いだけに電波が届く。ただ、1キロ程度の一定の長さのケーブルを繰り返し一列に並べて敷設する形なので、切れ目では電波が弱くなり、受信が途切れる。このため、カーラジオなど受信端末に次のケーブルの位置をあらかじめ測定できる機能を 加え、準備させておくのだ。

軌道などに立ち入った人の発見については、送信側と受信側の2本のケーブルの間で漏洩する電波が遮蔽されることなどでわかる。カメラの監視だと何台も置く必要があるので、非常に簡便な装置でできることになる。

広域ワイヤレス給電システムの実験機:レールの外側に埋め込んだ金属線に高周波を流し、そこから発生する磁界を通じて車両へ給電しています。場所によって変化する給電効率の変化をなくすことが今後の課題です
広域ワイヤレス給電システムの実験機:レールの外側に埋め込んだ金属線に高周波を流し、そこから発生する磁界を通じて車両へ給電しています。場所によって変化する給電効率の変化をなくすことが今後の課題です

また、ワイヤレスの伝送による広範囲の電力供給の研究も始めている。これまでのこの種のシステムでは給電する場所が限られ、そこまで近づく必要があったが、岡田教授らは、並行に走る2線を給電線にして軌道を作り、どこでも広範囲の場所で充電できるシステムを考案した。無人工場のロボットの給電をターゲットに研究を進めている。

「研究のベースは電波を使った技術ですので、位置検出や高速伝送をもっと使いやすく、信頼性の高い仕組みをつくっていくのが目標です」と岡田教授。

「最後のラジオ少年」と自称するように、小学生の頃からはんだごてを握り、骨董品の真空管を入手するなどしてラジオを組み立てた。アマチュア無線にこり、モールス信号による通信も行った。「いまの研究はシミュレーションなど計算機を使ってすべて解決しますが、機械の中身を知り、最後の結果まで予測できたはんだごての時代、技術の原点の時代を懐かしく思いつつ研究しています」。最近、ピアノを習い始めてアコースティックピアノでクラシックを弾いている。

光ファイバ無線

一方、東野准教授は、光ファイバの中に電波(無線信号)を通す形で中継し伝送する「光 ファイバ無線」が研究テーマ。電波の信号を 光信号にメディア変換して、光ファイバの中 を伝送し、再び復調して無線として発信する。電波が届きにくい地下街で携帯電話やラジオ、 地デジが使えるようになったのもこの技術のおかげだ。

東野准教授は、光ファイバ無線で遠くに無線信号を飛ばし、携帯端末が受信する形で効率よく使う方法などを研究している。

「都市部やへき地の難視聴対策のほか、光ファイバはさまざまな電波の形式をそのまま送ることができるので、一回基地局を建ててしまえば、通信方式が変っても携帯電話専用の基地局のように何回も建て替える必要がなく、コストの面でも有利です」と説明する。

東野准教授は、大学の講義で最先端の通 信環境に興味を持ちはじめ、ポケベルや携帯電話など真っ先に手に入れては、研究の糧にしてきた。学生に対しては「自分のビジョンを明確に持って、実用的な提案ができる人に育ってほしい」と期待する。趣味は、学生時代から始めた社交ダンスで、体を鍛えるのが目的という。

この光ファイバ無線の研究で、学生ながらインドネシア・バリ島で開かれた「電子技術と産業発展に関する国際会議」で67件の論文 の中からベスト論文賞を獲得したのが、博士前期課程2年の木谷竜也さん。「複数のアンテナで送受信を行う伝送方式であるMIMOについて、時間差をつけて4つの信号を送れば、1本の光ファイバで足りるという技術です。研究室に来てから与えられたテーマで、賞をもらえるとは思っていなかったので驚きました。自分で目標を設定して取り組んできましたが、受 賞はさらにモチベーションが上がります」と喜ぶ。

研究室で

同1年の金子裕哉さんも国内の会議でベスト・プレゼンテーション賞を受賞した。「光ファイバに流れるパソコンのデータ通信の波形の空き部分に、別の無線の信号も変調して入れ、1本で済ます方式です。手近な回線が使え、新たなアンテナ敷設のコストもかかりません。情報科学研究科は、パソコンの中だけで研究を終えるのではなく実験をして評価することもできるので楽しい。先生のサポ ートもよく、長時間を裂いてミーティングしてくれます」という。

また、博士後期課程3年のアブラハノ・ジェマリンさんは、本学と学術交流協定を結んでいるフィリピンのアテネオ・デ・マニラ大学の出身。衛星テレビなどに使われる最も短い波長のマイクロ波が降雨により減衰する現象を利用する降雨量センサの研 究を行っている。同国に多いゲリラ豪雨など局地的な降雨の情報をもとに、最適な無 線ネットワークを設計しようというのだ。「アテネオ大学と共同研究していて、現地で 実験し検証しているところです。研究は楽しく、挑戦的で刺激的です」と話していた。