~広報誌「せんたん」から~

[2013年5月号]
物質創成科学研究科 量子物性科学研究室 柳久雄教授、香月浩之准教授

柳久雄教授、香月浩之准教授

情報通信の省エネめざす

エネルギーをいかに効率よく使って、持続 可能な社会を実現するか。人類が直面している大きな課題の中でも、大容量のデータを高 速で送るなど情報通信量の急速な増加にとも なう膨大な消費電力の増大を抑えることは喫緊の課題だ。なにしろ、情報通信量は年率4 割増のペースで、その処理に要するコンピュータの消費電力が2020年には総発電量の5割に達するという試算もあるからだ。

現在の情報通信は光ファイバーを通して光信号を送り、コンピュータで処理する前に電 気信号に変換しているため、エネルギーのロ スが出る。この操作をすべて効率よく光でできれば現状を打開する一つの大きな手段を得ることになる。

こうした時代の要請に柳教授らは量子力学 の分野から研究に取り組んでいる。電子など量子は光子のように「粒子」であると同時に 振動する「波」の性質を持つ。ナノメートル(10億分の1メートル)という極微小の世界では「量子」は波の性質が強調され、複数の 量子の波が互いに重なり合い、干渉して強めたり、打ち消したりする「量子コヒーレンス」という特徴的なふるまいをする。この特徴を際立たせ、さまざまな波の状態による発 光の変化などを解明することによって、将来の光通信に必要な有機半導体レーザー、さらにはスーパーコンピュータの1000倍の速度といわれる夢の分子コンピュータの実現にまで結びつけていこうというのだ。

「有機化合物を材料に、この分子が秩序正しく配列した集合体である薄膜、結晶が研究対象です。 無機化合物と異なり、生物が作り出す有機化合物は室温という温和な条件で巧みに量子を利用していることに着目しました」と柳教授は話す。

たとえば、植物の光合成では、光子を100 %利用するため、葉の内部にある葉緑体の光捕集アンテナの部分は葉緑素が環状に配列した構造になっている。光を吸収すると、分子内の電子のエネルギーが高まる励起の状態になり、その状態が「波」の形で、特定の分子ではなく集合体全体に伝わる仕組みだ。

また、脳の神経細胞自体の処理速度は、コンピュータの半導体に比べて遅いが、高度な機能が果たせる。それは、神経細胞1個が数千個の細胞と3次元的につながって 同時並行に並列処理しているからで、その際にも、量子の波の性質による干渉が関わっている、とされる。

「有機分子はまさに、量子を閉じ込めた箱で、分子同士が関わり協同作業で効率的に機能を高めて発現します。この現象をどのように制御するかが、重要なのです」。

色が変えられる有機レーザー

柳教授らの具体的なターゲットの一つが、将来の光通信に利用されるレーザーを有機化合物の半導体材料でつくること。現在使われている高精細な石英の光ファイバーに代わり、近距離用に安価で接続が容易なプラスチックの光ファイバーが開発されており、これにマッチした可視光領域の波長(約0.5ミクロン)の光が出せる装置だ。

材料には、有機化合物のチオフェンとフェニレン(ベンゼン)の分子数個が鎖状に結合した物質の結晶を使った。 研究の結果、この物質は、分子の結合の数や順番によって電子状態を 自由に制御して、青から赤までの可視光の領域で発光波長がチューニング できる強い蛍光を出すことがわかった。

さらに、この結晶を100フェムト(10兆分の1)秒という超短時間でレーザー照射したところ、 通常とは異なり、その時点より少し遅れて発光するという不思議な現象を発見した。 極低温下の無機材料では知られていたが、有機化合物の材料で、しかも室温という条件で見つかるのは初めて。 結晶内で規則的に配列した分子の間で電子の波の位相がそろった励起状態ができて一斉に発光しているのが原因とみられ、強い発光の超放射を得る可能性もあり、詳しく研究している。

一方、香月准教授は外部からの光を使って量子コヒーレンスを制御する研究に取り組んでいる。 まず、この現象をわかりやすく見るため、ヨウ素分子だけの気体を材料にフェムト秒のレベルで 時間をずらしてレーザーを2回にわたり当てる実験を行ったところ、その時間差によって電子の波の性質が干渉し、 最高4倍にも励起されることがわかった。つまり、信号の強度によって「オン」「オフ」のスイッチや「1」から「0」までの数値を表現できる可能性がある。 次いで、固体の水素(パラ水素)結晶を使っても同様の結果を得た。さらに、複雑な状態である数種の分子が結合した有機化合物の結晶でも このような現象が明確にみられるか調べている。

こうした研究は量子力学の夢の実現に結びつく。量子コンピュータでは「0」「1」の重ね合わせ、すなわち「0」と「1」を並列して同時に扱うが、量子的な波の重ね合わせでそのような状態が作り出せるかもしれない。また、光が関与する化学反応で複数の分子のどれが結合して生成物ができるか、 その割合を光の照射の仕方による量子効果で制御できることが理論的に示されており、その分子反応制御の研究も視野にある。

有機化合物の結晶で作る様々な色のレーザー材料
有機化合物の結晶で作る様々な色のレーザー材料
分子振動の波の重ね合わせがつくる量子コヒーレンス
分子振動の波の重ね合わせがつくる量子コヒーレンス

予想外の結果こそ大切に

柳教授は「予想のもとに研究テーマをたて、学生に実験してもらっていますが、あらかじめ考えつくことは誰かがすでに行っています。 面白いのは学生が実験していて突拍子もない変な結果を報告してくれる時です。 調べていくうちに大変興味深い研究であることがわかってくる。これまでの研究は予想と違う結果から始まったことが多く、有機レーザーの発光の研究もそこからはじまりました。 それを見逃さないことが重要です」と振り返る。

学生時代は化学の専攻で有機分子の薄膜を使い、太陽電池の性能を上げるための分子の配列などを調べていた。そのとき、分子の励起による発光など量子が関係する興味深い現象に出合い、 取りつかれた。学生に対しては「次の展開を考えながら、たえず手を動かしてこそ、予想もつかない発見に出会える」と話す。 ウサギの飼育が趣味だが、「ウサギは、生きるために人間の感情などを本当によく察知している」と教えられたことがあった、という。

香月准教授は「最初は、分子に光を当てるとどこに吸収が起きるかという現象を調べていましたが、 むしろ、逆にこちらから働きかけて分子の中に自分が望む状態を作って制御したい、と思うようになり、 現在の研究テーマに至っています」と話す。趣味は高校時代まで選手だったサッカー、両親の影響で始めた 登山だ。「3000メートル級の山にも挑みましたが、山頂は空気が良く、雲が下に見えるという普段できない経験も できて気持ちがいい」。

本学でこそのメリット

研究室で学生たちと

本学について柳教授は「化学、物理、デバイス、バイオなど様々な分野の人の 研究成果が身近に聞け、共同研究ができるところが一番いい。学生にとっても様々 な分野の出身の人と触れあえ、情報、バイオ、物質の基本的な講義が全部聞けると いうほかにはないメリットがあります」という。香月准教授は「学生に対する研究教育 や生活面でのケア、サポートでは恵まれています」という。

それでは、学生はどのように考えているのだろうか。 博士後期課程2年の水野斎さんは、「光励起による有機結晶からのレーザー発振」がテーマ。 メカニズムについては、解析の途中だが、困難なレーザーによる測定の技術は習得した。 「海外の大学や共同研究の相手の大学に派遣してもらう形で、実験をすることができました 博士課程から入学しましたが、本学は学生にチャンスを与えてもらえるところは抜群です。 学内の設備の充実はもちろん、1ヶ月間の英語研修や海外の研究機関で2ヶ月間、実験ができる。 ステップアップが図れる機会は十分に用意されています。できれば、大学の研究者になりたい」という。 本学で英語が上達し、趣味の米国の連ドラ鑑賞も理解しやすくなったという。

今春から博士後期課程1年のジェニファー・ダマスコさんは、フィリピンの大学生時代に本学の インターンシップを経験して、入学を選んだ。現在の研究テーマは、光合成の仕組みを発展させた 有機化合物系の太陽電池。「研究に集中しやすい環境で、高度な研究設備も利用できます。 今後の進路は未だ決まっていませんが、本学のよい研究環境を生かして国の発展に貢献できるような 研究を続けたい」と話している。