~広報誌「せんたん」から~

[2014年1月号]
物質創成科学研究科 生体適合性物質科学研究室 谷原正夫教授、安藤剛准教授

谷原正夫教授、安藤剛准教授

世界初のコラーゲン合成

重大な病気により失った臓器や機能を取り 戻したり、補助したりする手段として、再生医療など次世代の分野の研究が盛んだ。その中で谷原研究室は、生体とうまくマッチする 人工の材料を開発し、安全で効率的な医療に生かすのが目標だ。

「タンパク質の人工的なモデルとしては、多数のアミノ酸がつながったポリペプチドという化合物。多糖類のモデルにはブドウ糖がつながったアミロース誘導体があります。いずれも生体にある材料を使い、そっくりまねたものですが臨床に使うには安全性が不可欠。 動物由来でも使用できない場合があり、化学的にコントロールして合成し、安全性を確保できる人工材料を使う研究を進めています」と谷原教授は説明する。

これまでの大きな成果が、皮膚や腱、軟骨などの主成分である「コラーゲン」というタンパク質の人工合成。谷原教授が世界で初めて成功し、すでに化粧品など多くの製品に使われている。

コラーゲンは、体の組織の強度や弾力性を増すのに役立ち、アンチエージング(抗加齢) のための成分としても知られている。分子の構造は、アミノ酸が連なった繊維状の鎖(ポリペプチド)が三重のらせんを巻いた複雑な形をしており、化学合成は困難と言われていた。 谷原教授は、アミノ酸を鎖状につないで合成(縮重合)する際に、当時、常識とされていた有機溶媒を使ってみたがうまくできないことから、「常識を逸脱」して、アミノ酸を高 濃度で溶かすことができる水溶液中で反応させた。その結果、予想以上に反応が進み、突破口が開けた、という。

「失敗の中に成功の芽がある。決して諦めないこと」と言う谷原教授の信条が功を奏した。「いまある材料を少しだけ改変するようなものでなく、まだ世に出ていない全く新し い材料をつくり、さまざまな分野に使っていきたい。その課題の解決法を学生とともに考 えて、科学技術立国に貢献できるような人材 を育てたい」と数々の業績を踏まえ、後進に 目を向ける。趣味は音楽鑑賞や山歩き、渓流釣り。「本学の環境は里山の中にあるようで研究にうってつけ」、という。

自在に高分子を設計

安藤准教授は、さまざまな特性を持つ高分子の新材料について、生体との相互作用を調べながら精密に設計し、合成するという立場 から研究に挑んでいる。

その方法は「リビング重合」という化学反 応が中心だ。多数の分子が結合(重合)してで きた高分子の末端が、常に結合の活性を持っている状態で、さまざまな分子を継ぎ足して、分子の鎖を伸ばすことができるのだ。 安藤准教授は、リビング重合した鎖状の高 分子を核に多数結合させた「星型高分子」を 開発している。結合する分子の鎖の性質は親 水性(水に溶けやすい)でも疎水性(油に溶ける)でもよいことから、用途によって分子を 設計し性質を自在に変えて機能を発揮させることができる。

星型高分子の模式図。枝や核の分子構造を設計する ことで様々な性質・機能を付与できる。
星型高分子の模式図。枝や核の分子構造を設計することで様々な性質・機能を付与できる

手掛けている具体的な研究テーマは幅広い。 まず、正の電荷を持つ星型高分子を遺伝子治 療で遺伝子を導入する際のベクター(運び屋) にすることを目指している。かつてウイルス をベクターにしていたが、まれにがん化など 事故を引き起こす場合があって使えない。安 全性や導入効率を向上させることが課題だ。篭(かご)のように高分子の枝で他の分子を 包み込むタイプでは、がんの放射線治療で照 射する放射線の量を減らし、正常細胞に与え るダメージを少なくする薬剤の開発を研究している。放射線に対する感度が高く、がん細 胞への影響を増幅できる重金属などを星型高 分子に抱え込ませる形(錯体)で薬剤を作って 投与する。それが患部に到達した時点で放射 線を照射すれば、がん細胞だけを狙って退治できる。

さらに、ユニークなのは、埋め込んだ人工血管など、人工物と生体の反応で血栓ができるのを防いだり、抗菌性を持たせたりする材料の開発だ。星型高分子の核部分から、親水性分子、疎水性分子の両方を混在させて生やす。その高分子を溶かした液に、人工血管の代表的な材料である「ポリエチレンテレフタラート(PET)」という高分子のフィルムを浸す。すると、疎水性の枝がフィルム表面に吸着する一方で、親水性の枝は表面から何本も ブラシの毛のように広がり、生体の物質や細菌との接触を防ぐ形でコーティングできることを発見した。この高分子設計技術、新材料は他の用途も考えられ、企業との共同研究が進んでいる。

「リビング重合は学生のときに出合い、続けている研究テーマです。分子設計の際に分子の形や大きさなどをコントロールすることで、これまでにない特性を持たせられます。そこをさらに開拓することで、また、新しい機能性材料をつくる世界が広がります」と安 藤准教授は抱負を語る。「いろいろと知恵を絞って予測したところが、すぽっとつぼには まった瞬間が醍醐味。この気分を学生の時に 実感してもらえれば、社会に出ても科学に対する興味は続くでしょう」と語る。趣味は食べ歩きだが、おいしい料理に出合うと、研究者 らしく、つい調理法まで考えてしまうという。

トンネルを抜けた

こうした新材料開拓の期待を受けて、学生らは積極的に研究に励んでいる。 博士後期課程3年の戸谷匡康さんは、星型 高分子をコーティングした素材の表面にどれだけ抗血栓性や抗菌性が出ているかを調べて いる。「血栓になる血液中の血小板や、細菌 を使って評価しており、ねらい通りのデータ が出始めました。最初のころはデータが安定 しなかったので、効果があるかどうか不安で したが、実験操作を試行錯誤しながら半年ぐ らい何度も繰り返すことで、効果を確認でき ました。そのときは、『やった』というより、『安心した。トンネルを抜けた』という気持 ちが大きかった」と率直に振り返る。「これからも、できれば大学に残って研究者となり、人工臓器に使えるような材料を開発していき たい」と意欲を見せる。実は、本学から派遣 されて半年間、米国・ミシガン大学に留学したときに、「抗血栓性の材料も抗菌性の材料 も同じような仕組み」という指摘があった。 本学で研究していた材料を持ち込んだところ、確かに両方の性質があることを突き止め、一 気に道が開けたという経験もある。「本学に 帰っても同様の設備で研究できるなど環境と しては申し分ない」と満足気だ。

研究室で学生たちと

博士前期課程1年の大湯なつ美さんは、放 射線治療のさいの増感剤がテーマ。「実験材 料の調製をしている段階で、どのような研究 テーマにするかを考えています。学部時代も、病気に関係するテーマでしたが、本学では微生物などの実験だけでなく、医療を含めた広い視野で研究できると思います。将来的には、企業の研究室で薬剤開発など実用的な研究をしたい」という。本学については「多種の実 験設備があり、大学院の先輩が自由に研究の 話に乗って、意見をくれるところなど学部時 代の研究生活にはなかった非常によい環境で す」と話す。

同学年の岩田信司さんは、遺伝子を導入す るベクターの研究がテーマ。「いまは準備段 階で、将来的には、星型高分子で何種類もの ベクターを作り、結合させる分子の本数や長 さが遺伝子の導入に及ぼす影響を調べ、効果が高いものをつくりたい。本学は学生に対し て指導教員の数が多く、機器の使用も学部では順番を待って予定を合わせる形だったのが、自分の予定に合わせて機器を使えるなど、すべての環境が研究に向いている」とやる気十分だ。

抗血栓性、抗菌性を付与する星型高分子(左)。PETフィルム表面に接着した血小板(中央)、バクテリア(右)
抗血栓性、抗菌性を付与する>星型高分子(左)。PETフィルム表面に接着した血小板(中央)、バクテリア(右)