~広報誌「せんたん」から~

[2014年9月号]
バイオサイエンス研究科 分子医学細胞生物学研究室 末次志郎教授、塙京子助教

末次志郎教授、塙京子助教

生命の根源に迫る

動物の細胞は、すべて脂質でできた細胞膜 により周囲を覆われている。その膜は細胞全 体の形や内部の構造をつくり、物質を取り入れ、排出するなどの機能を担当する。こうし た生命の基本的な営みには、膜の脂質に結合したタンパク質が深く関わっているものの、 少数の種類しか判明しておらず全体像はわ かっていない。解き明かされれば、特有の形 を失った細胞が無限に増殖するがん化の抑制 など病気の治療にも結びつく。

分子医学細胞生物学研究室は、細胞膜の脂質に結合するタンパク質を探り当てて調べ、その詳細な立体構造や形づくりに関わる機能 を明らかにすることで、生命現象の謎に迫っ ている。末次教授は「細胞膜の形態形成の仕 組みを調べる研究です。いまの生物学の考え 方は、まずDNA の遺伝子暗号が転写因子によって読み取られることから始まり、タンパ ク質が作られて分化し、それぞれの細胞の形 ができるということです。でも、私は外部か ら最初に刺激を受ける細胞膜で反応が起こり、 それが形づくりに影響することもあるはずと 思います」と研究の方針を語る。

細部の鋳型になるBARドメイン

さまざまなBARドメイン(BAR、F-BAR、I-BARのサブタイプに分かれる)の立体構造(赤または緑)とナノスケールの膜構造
さまざまなBARドメイン(BAR、F-BAR、I-BARのサブタイプに分かれる)の立体構造(赤または緑)とナノスケールの膜構造

研究の出発点は、柔らかい脂質膜にあって 細胞の骨格として強度を高めている線維状の タンパク質、アクチン。実験を重ねるうちに、 アクチンだけでは細部に至るまでの脂質膜の形状を決めるのは困難であることがわかり、 別の脂質と結合するタンパク質を探した。その結果、平成18 年ごろ、東京大学医科学研 究所(竹縄忠臣研究室)助手時代に、研究室 の仲間とみつけたのが「BAR ドメイン」と呼ばれる領域を持つタンパク質で、理化学研究 所(横山茂之研究室)との共同研究により、 結晶化して構造を解析したところ、微細な膜 の構造をきちんと制御していることを世界で 初めてつきとめた。それは、柔軟な脂質膜の 表面に、比較的に固いらせん状のBAR タンパ ク質が整列して張り付くと、その曲がった形 に沿って脂質膜の形も変わる。つまり、立体 構造をつくる鋳型になっているのだ。

 実際、物質を細胞内部に取り込むさい、膜が凹型にくぼんで袋状に切り取る「クラスリ ン・エンドサイトーシス」「カベオラ」と呼ば れる現象や、逆に膜が針のような形に延びて 足になる「フィロポディア」という現象では、 それぞれ別の種類のBAR タンパク質が働いて ナノ(10 億分の1)メートルサイズで正確に 形をつくっていることを確認した。

 「遺伝学ではなく、生化学的な形態の方から 研究を進めたのが幸運だったのでしょう。細 胞内の小器官など構造体はすべて膜でできて います。BAR ドメインを持つタンパク質は約 70 種類あるので、その組み合わせにより、細 胞膜を制御するさまざまな機能が見つかるで しょう」と期待する。

今後の大きなテーマは、細胞分化や初期化、 そして脱分化してがん細胞になるときの形態変化の仕組みだ。はっきりわかれば、がんの 阻害剤による治療にも結びつく。

思いつかないところに新発見

こうした研究の秘訣について、末次教授は 「思いもつかないところに新発見があります。 生の実験データをきちんと見て、作業仮説と 合っているかどうか考える。通常、5 割ぐら いしか合わないが、仮説通りのデータばかり 見ようとしないで別の実験をする。仮説が正 しく修正されれば、実験もうまくいきます」 という。細胞膜を凸型の突起にするBAR タン パク質の研究の途中でも、「凹型になる」とい う先入感があって実験データと苦闘した。し かし、逆向きの外側に張り付くという仮説を 思いつき解決できた、という。

本学に2 月に赴任したばかりだが、「PI(研 究室主催者)は任期がなく、余計なプレッシャーが少ない。全研究室に必ず学生を配置 することは、どの分野も将来的に伸びる可能 性があることを認める重要な視点。カリキュ ラムが充実しているのも、学生の成長を考えてのことでしょう」と評価する。趣味は、登山と山スキーで、国内の山はほとんど踏破した。「折角、奈良の大学に赴任したので、関西 や中国四国の山に登ってみたい」。

結晶化して解析

塙助教は、BAR ドメインを持つタンパク質 などのX 線結晶構造解析と、生化学的な実験 や動物実験で突起を出すタイプのBAR ドメインを持つタンパク質とがん化の関係を調べている。

 低分子のRNA の研究からスタートし、学生 時代にDNA の遺伝子暗号をコピーするmRNA (伝令RNA)と、できたアミノ酸を連結するtRNA(転移RNA)の両方の性質を持ってい て不良なmRNA を取り除く整理屋のRNAを発見した。その後、理化学研究所に移り、遺伝子を翻訳するさいに重要なタンパク質「翻 訳伸長因子P(EF-P)」の立体構造を世界で初 めて決定した。塙助教は「結晶化は非常に困 難で、研究者としてつらい思いをしたことも ある」と振り返る。

 平成22 年には、免疫応答を制御する重要 なタンパク質「DOCK2」と、それに結合するタンパク質「ELMO1」の複合体の立体構造を 初めて決定した。この結合により、それぞれの機能が十分に発揮できることが明らかに なった。

「確信を突く実験データーを得る前には、表 に出る事の無い膨大な実験結果をよく考えるなど長い期間の準備が必要です。精神的、体力的にも身を削りますが、実験を始めて成功 すれば、世界のだれよりも早く見つけたという瞬間が味わえる。それを一度経験すると、 これ以上面白い仕事はない、と思ってしまう」 と塙助教。「本学の学生は、研究にどっぷり浸 かれるほどモチベーションが高い。学部がなく、新たに大学院に行こうという気構えでやって来た学生ばかりですから」。趣味は、茶道(裏 千家)。母親が茶道の先生だったことから、身についた。「海外で茶道のうんちくを話すとすごく興味をもたれて親しくなり、研究も進み ます」。スキーも得意だ。

  • 緑:アクチン繊維赤:I-BAR ドメインによる膜突起形成
    緑:アクチン繊維
    赤:I-BAR ドメインによる膜突起形成
  • F-BARドメインによって一定の直径に形作られた人工脂質膜の電子顕微鏡像
    F-BARドメインによって一定の直径に形作られた人工脂質膜の電子顕微鏡像

教科書の次のページを飾りたい

研究室で学生たちと

開設したばかりの研究室に所属した博士前 期課程1 年の学生らは、いずれも意気盛ん。

丸山耕平さんは、BAR ドメインに相互作用 する新しいタンパク質を探している。「実験 データを解析していて興味深いタンパク質の 候補が見つかりわくわくしています。どのよ うな経路をたどって作用するか、メカニズム を早く突き止めたい」と張り切る。学部のと きは、ダイエット効果が期待される植物の成 分を研究していたが、「異なる分野を研究してみたい」と、入学してから研究室を選べる本 学に入った。「将来は、大学など研究機関で研 究者の道を進みたい。先のことよりも、いま をがんばりたい、というのがモットー。趣味は、 読書で、高校生のとき習った芥川龍之介の作 品など読み返しています」と話す。

神原光作さんは、BARドメインをもつタン パク質の仲間のGAS7というタンパク質の機 能解析と、それが細胞内のどこに集まってい るか局在性を調べている。「GAS7 がある場所を見分けるために、このタンパク質のDNA を 細胞に導入し、蛍光で光らせて1 分子レベル でわかる光学顕微鏡を使う予定で準備してい ます。」と胸を膨らませる。学部時代は、髪の 毛の細胞骨格になるタンパク質を研究してい て、その延長として本研究室を選んだ。「教科 書の次のページを作るような研究をしたい」 と理想は高い。趣味は、ロックバンドのライ ブコンサートを聞くこと。

木田和輝さんもBAR ドメインの局在の解析 を網羅的に行っている。「複数の領域が重なっているので、BARドメインのDNAだけを選 び出して取り出す作業を行っています。突起や陥入以外の未知の構造を取るものがわかれ ば、それだけ意欲がわきます」と強調する。学部時代は、はしかのウイルスの形成機構を 調べていた。「本学はさまざまな分野の教員や 学生が集まっているので、日常の研究生活の 中で視野が広くなります」。「初志貫徹」が信 条で、研究生活でも心がけている。