~広報誌「せんたん」から~

[2014年9月号]
物質創成科学研究科 光情報分子科学研究室 河合壯教授、中嶋琢也准教授

河合壯教授、中嶋琢也准教授

多様な現象を解析する

研究の理念図。独自の測定手法を開発し、機能性材料の埋もれた界面の電子物性と原子構造を解明したい
フォトクロミック分子を溶かした溶液や結晶に紫外線を照射すると様々な色に着色する。また、可視光を照射すると元の色に戻る

光はさまざまに不思議な現象を起こし、それは新技術開発のヒントになる可能性を秘め ている。たとえば、光を当てることにより、特殊な分子(フォトクロミック分子)は構造 が可逆的に変化し、そのつど異なった色にな る。このスイッチとしての働きは、情報の記 録に使える。

また、光は波の性質を持つので、直進する とともに、波の振幅の方向は左右どちらかに 回転している。その分子から放射される光の パターンは「円偏光」といわれ、昆虫など限 られた生物にしか見分けられないが、これを 検出できれば、人の肉眼では認識できない生体内の物質の変化を見極められ、応用面では 真贋判定のための隠れた目印にもなる。

こうした光によって生じる現象を分子レベ ルで解明し、情報社会に役立つツールを開発 してきたのが光情報分子科学研究室だ。河合壯教授は「フォトクロミック分子などさまざ まな個性を持った分子や材料の合成、開発を 行ってきました。また、円偏光蛍光顕微鏡な どユニークな光学計測系の開発も行っています」と説明する。さらに、研究テーマを広げ て排熱から電力を作り出す熱電発電装置の開 発も手がけ、エネルギー問題にも目を向ける。

100%反応する物質

最近の成果を紹介しよう。

フォトクロミック分子の分野では、光を吸収するとほぼ100%の効率で反応する光センサー 分子の開発に成功した。これまでの人工センサー分子の限界を飛躍的に向上させる成果で、人間などの視覚細胞の感度の約1.5 倍にも相 当する。河合教授らは、フォトクロミック分 子の反応に関わる部分の分子の構造にひずみ が生じないよう固定化することで実現した。

今後、高感度光センサーや光記録ディスク の高効率化への応用が期待できる。記録材料に使った場合、従来の100倍以上の省エネルギー化が可能になる、という。さらに、ニー ズが高まっている3Dプリンターでは光硬化 性樹脂で型を作るが、光に対する感度を高め て硬化のスピードを早める材料への応用など 時代に即した用途も視野に入れている。

見えない光で真贋の判定

ニッケル磁性薄膜からの飛び出した電子回折模様を解析すると原子層ごとの磁化の方向と強さの情報が得られる
開発した円偏光蛍光顕微鏡の模式図

円偏光については、紫外線などを物質に照 射して生じる円偏光を増強してキャッチし、 画像化する円偏光蛍光顕微鏡の技術を開発し た。この顕微鏡を使えば、生体の組織や細胞でも生の状態でタンパク質の構造解析ができる。臨床診断や検査への応用も考えられる。

また、ユニークなアイデアは、セキュリ ティー確保のためのインク材料の開発だ。紙 幣の真贋を判別する透かしのように、紫外線 により円偏光を発する分子を含むインクで製品に文字を書いておけば、偏光フィルターを通して記入した文字が浮かび上がり識別でき る。高精度な検出が必要な場合は、円偏光蛍光顕微鏡を使えばミクロン単位で読み取れる。「ブランド品、食品、医薬品など模造品が出回る中で、高品質であることや生産地の履歴を 証明する手段の確保は、国内産業を守るうえでも不可欠です。そのためにも、よく光り、耐久性がよく、円偏光性が強い材料を開発しています」と語る。

熱電発電で省エネに貢献

ニッケル磁性薄膜からの飛び出した電子回折模様を解析すると原子層ごとの磁化の方向と強さの情報が得られる
しなやかに曲がる熱電発電デバイス(上)とガラス瓶にシールしたときの発電実験(下)

一方、熱電発電装置は、柔軟なシート状の素材で配管などの曲面にぴったりと貼り付き、排熱の温度差により発電するという世界初の 技術開発だ。成功のきっかけになったのは、 軽く丈夫で電導性が高いカーボンナノチューブという材料を使い、出力電圧や変換効率を飛躍的に高める効果のある分子を発見したこ と。その材料のコストなど大規模に実用化す るさいの課題はあるが、工業プラントの配管 やパソコンなどの排熱を利用しての電力再生、体温を利用した健康モニター用電源といった省エネ対策の面で大いに期待されている。

「このような研究を通じ、技術開発で社会に貢献するとともに、基礎的な学術の探求を通 じて次の世代の研究者を育てていくというのが大学の使命だと思っています」と河合教授。 これまでさまざまな分野をまたいで研究を続 けてきた。大阪大学の学部・大学院生時代は 工学部の応用化学科で電気化学を研究し、現 在とは畑違いのエレクトロニクス分野である 電子工学科で助手を務めた。その後、フォト クロミック材料研究の第一人者である入江正 浩・九州大学教授(現立教大学)の元で助教授になり、そこでの研究成果である「1 分子レベルのスイッチング」に関する論文は英科 学誌「ネイチャー」に掲載された。

「独創的な研究をすることは大切ですが、そ のために人真似からスタートしてもいいと 思っています。研究はどこからはじめようと、 既成の概念を突き抜けた結果が得られればい い。その方が効率的で、しっかり研究して実 績を重ね、人真似を超えた成果に結びつける モチベーションにもなります」と強調する。「本 学は幸い研究室に所属するスタッフが多いので、若手が面白いと持ってきたテーマはできるだけ採用します。だから、テーマは自然に 幅広くなります」という。趣味は、里歩きで山辺の道などを散策する。ユニークな研究の アイデアは、散策中よりも、むしろ起床時に 思いつく、とか。

電気で色を消す

研究室で学生たちと

中嶋琢也准教授は、フォトクロミック分子 のほか、ナノ(10 億分の1)メートルサイズ で大きさによって特異な発光をする半導体超 微粒子の研究を行っている。

フォトクロミック分子での成果は、電気を流すと理想的な電流効率の20 倍という高い 性能で色が消せる分子の開発に成功したこと。この分子は、電気による酸化で色が消えるが、 周囲の分子も巻き込んでドミノ式に酸化しスピーディーに反応する。光が入れば自動的に発色し、必要に応じてわずかな電力で透明にできる省エネ型の調光窓や文字が消せる表示装置などに結びつく。

「フォトクロミック分子の色の変化の仕組みや、量子の世界の物理学で機能する超微粒子が融合して複合体になるとどのような性質を示すかなど、原理を追求することに興味があります。未知な仕組みを見つけて教科書に載 るような成果を上げたいと思います」と意欲 を見せる。「本学は多くの研究設備がありメンテナンスもよくされていて研究しやすい」と研究環境に満足している。オフの時は、読書三昧で、理系を含めあらゆるジャンルを読破 する。フルマラソンに出場する体育会系でも ある。

博士後期課程1年の金澤類さんは、中嶋准教授とともにフォトクロミック化合物の研究 を続けている。「テーマは、色の変化とともに発光も行いながらスイッチングの機能がある化合物です。分子の構造を調節して光の強度 などをコントロールできるようになったので論文にしています。学部のときはコンピューターシミュレーションなど解析が主だったのですが、いまはモノづくりができ、自分の考 え通りにうまく作れたり、行き詰まった研究 の打開策が見つかったりすると研究は楽しい と感じます」と満足そう。「本学は博士後期課 程学生のTA(ティーチングアシスタント)の 制度や学生寮など、経済的なサポートが充実 していてありがたい」という。金澤さんもフルマラソンの経験がある。

李瑞基(リー・ルイジ)さんは中国・天津理工大学大学院を卒業して本学博士後期課程 に入学したばかり。李さんもフォトクロミッ ク化合物がテーマで、化合物の合成と高感度 を発揮する仕組みを調べている。「研究は順調 に進んでいて、実際に色が変わる反応が見ら れるのがうれしい」と語る。昨年末に1 ヶ月間、本学に短期滞在し入学を決めた。「本学は研究 設備が整い、キャンパスもきれい。よい先生 が揃っていてディスカッションも盛ん。将来 的には、日本語を覚えて日本で就職できるチャ ンスがあれば」と話す。李さんも体育会系で、バドミントンとバスケットボールが好きだ。