~広報誌「せんたん」から~
[2015年5月号]
情報科学研究科 光メディアインタフェース研究室 向川康博教授、舩冨卓哉准教授、久保尋之助教
ロボットの目と脳
カメラで撮影された画像情報をもとに、その場面の状況を理解するコンピュータビジョンの研究が進んでいる。ロボットの場合、目(画像センサー)と脳(人工知能)を組み合わせたような装置に相当し、人間と機械が共生する高度情報社会には欠かせない。その中で光メディアインタフェース研究室は、光の伝播を計測したり、物理現象として解析したりする研究を重ね、「見えないものを見るカメラ」の開発などコンピュテーショナル・フォトグラフィー(計算写真学)の研究に挑んでいる。
向川教授は「画像から解析するのでは十分な情報が得られないので、その前段階の光線を研究対象にしています」と説明する。例えば、白く写る画像はもともと白い色なのか、光が飽和しているのか。それを見極めるには、光線を調べればよく、物質の材質まで明らかになる。「われわれの目に入るのは光線であり、画像ではないということです」
この考え方を発展させれば、現実にあり得ない動作原理のカメラがつくりだせるのだ。
実は、カメラは、銀塩フィルムからデジタルカメラになっても、原理は変わらない。レンズに入射した光線をすべて足し込んで記録しているのだ。
「カメラは空間に飛び交う光線をすべて記録する装置だと考え、その光線のデータを計算することで、これまでにない画像をつくりだすことができます」と向川教授は強調する。
動物園のオリが消えた
研究成果を紹介しよう。動物園で動物を撮影するさい、邪魔なオリの柵を消し去ってしまうように、見えない物を見る手法の開発だ。この場合、見たい動物で反射した光線だけを計算により取り出すことで、柵の情報をはずせた。
このような研究には、特殊なカメラが使われる。レンズとCCD という撮像素子の間に、全方位の光線を個別に記録できるマイクロレンズアレイという装置を挟んだ構造の「光線空間カメラ」だ。見たい物体について、あらゆる角度からの散乱光の情報を一度に集めることができる。
向川教授は「これまで人体の内部など医療がターゲットでしたが、本学では食物の栄養成分や、古文書の解析などにも取り組んでいます」。研究に対する信条は「一番の敵は先入観」。一方で、趣味は通常のデジカメでこどもの成長記録を撮る。
質感を表現する
研究室のもう一つのテーマは、人間が光線から感じ取る「質感」をコンピュータで表現することだ。金属など材質による光の反射や透過の特性のデータがもとになる。
今年3 月に着任した舩冨准教授は、リア ルな質感の画像をつくりだすコンピュータグラフィックス(CG)の技術を画像計測に活かし、物体に当たった光のふるまいを実測する研究に着手した。舞台の煙幕の中をレーザー光が通ると軌跡が見えるという現象に着想を得て、光学特性を測定する手法を考案した。舩冨准教授は「これまでは光の照射により人体の形状や動きをミリ単位の精度で測定する研究でした。新たな研究の発想は、研究室から出て遊ぶことからも得られます」と振り返る。約20年にわたり陶芸を続けていて、いまでは自作の料理を盛っている。
久保助教は、人間の肌のような半透明の物体の質感をCG で表現する研究に取り組んでいる。これまで高速に描画できる技術を開発し、ゲームメーカーにも採用された。「光源の位置や見る場所によってどのような色に見えるかなどを計算して表現する手法です。実際の表情は複雑で、少しの変化でも印象が異なるので、実測値とすり合わせることが課題です」と話す。
ユニークなテーマでは、特別研究学生の田中賢一郎さんが、計算写真学の研究で、塗り重ねた油絵の下絵を撮影することに成功した。「下絵からの光は上の層を通り抜けるさいに散乱してぼけることを手がかりに、様々な角度から光を当て、データを計算しました」。
精神的な豊かさを求める
昨年2月に発足した研究室だけに、所属する学生5人は博士前期課程1年(学年は2015年3月取材当時)。幅広いテーマを分担している。
古文書の解析がテーマの浅田繁伸さんは、文書を机に置いたときと光源に透かしたときの見え方の違いから、書き手の筆圧を測定し、レプリカ作成に応用した。「理系の出身ですが、古文の現代語訳をするシステムをつくった文系出身の学生がいて励みになりました」と満足げ。
プロジェクタを複数台使って空中に立体画像を投影する研究に挑んでいるのは、石原葵さん。「研究は準備段階です。常にうまく進むわけではないので、とにかく手を動かすことを心がけています」と張り切る。
岩口尭史さんは、果物を切らずに糖分などの分布を正確に測る手法を手がけている。「学部時代は分子流体の研究で、物理学が基礎になっているので、現在のテーマと違和感はありません。カメラに興味があったことからも研究室に魅力を感じました」と意気盛ん。
岡本貴典さんは、半透明の物体の形状と材質を同時に推定する方法について調べている。「地道な研究なので大変ですが、よい結果が出たときはうれしい。そのためには諦めないことです」と語る。
計算写真学の三原基さんは、余計な画像を消すことに成功した。「絶対に必要というだけでなく、精神的に豊かになるようなモノづくりを目指しています」と意気盛んだ。