~広報誌「せんたん」から~

[2016年1月号]
情報科学研究科 コンピューティング・アーキテクチャ研究室 中島康彦教授、高前田伸也助教、トラン・ティ・ホン助教

中島康彦教授、高前田伸也助教、トラン・ティ・ホン助教

小型、低電力、高性能のコンピュータ

ARM+FPGA+CGRAの密結合システム
ARM+FPGA+CGRAの密結合システム

すべてのモノがインターネットにつながる「IoT」の時代では、至る所に据え置かれるコンピュータ機器の処理効率を上げてスムーズにシステムを稼働させるとともに、省エネへの貢献など重要性が増してくる。

中島康彦教授は「いまIoTで一番求められているデバイスは、機械学習などのデータ処理をサーバーに依存せず、端末の機器単体で行い、しかも電池レベルの電源でできることでしょう。設置が予測される1兆個のセンサが同時に電波でアクセスしたらクラウドはもたない。このためにも小型で低電力、高性能のコンピュータの基盤技術の研究に取り組んでいます」と強調する。

最近の主要なテーマの一つが、IoT向けコンピュータのメモリコストを削減するデバイス。中島教授らが開発したのが、離散ステンシル計算を効率よく実行できる専用の計算機構を持ち、処理性能を上げる「CGRA(粗粒度再構成可能)型アクセラレータ」という装置だ。LSI(大規模集積回路)の内部に小規模なメモリと演算器の組を分散配置して、有効にデータを再利用するなど新たな方式を提案し、高効率を実現した。

この分野では、LSIに組み込まれた画像処理専用のGPU(演算装置)を、浮動小数点演算など他の目的にも使って処理の効率を上げるGPGPU(汎目的計算GPU)がスパコンで使われているが、「CGRA型アクセラレータ」はそれをしのぎ、メモリを最大限活用できる性能をめざしている。すでに省エネ効果と安定した性能を持続できることがわかっており、国内外のLSIや組込機器メーカーなどから連携研究の申し込みが相次いでいる。

ライトフィールド画像処理
ライトフィールド画像処理

このアクセラレータは、IoT関連のさまざまな機器にも応用できる。研究室で取り組んでいるのは「ライトフィールド画像処理」。昆虫の複眼のように多くのレンズを備えたカメラで撮影すると、出来上がった画像の焦点距離を変えたり、視線の角度や奥行きを変化させたりできる。しかし、膨大な画像データを処理する必要があり、IoTの携帯端末で滑らかに再生するのは困難だ。そこで、アクセラレータを活用し斬新な演算機構を開発する研究も行っている。

「最近は中高生でも楽にプログラムできるようなコンピュータ開発の環境づくり(イージー・トゥ・ユーズ・イノベーティブ・コンピューティング)を研究室のキャッチフレーズにしています」と中島教授。個人としては「まず思いつき、世の中を調べて独自性を確認したうえで、研究を発展させるタイプ」という。趣味はヨットなどマリンスポーツで船舶免許も持つ。「ヨット競技は、風の向きを先読みして、自分の戦略を立てつつ、常に最高速度を維持しないと勝てない。研究とよく似ていますね」

柔らかいハードウェア

高前田伸也助教は、利用者により自由にLSIチップの回路の構成を変更できる柔らかいハードウェア「FPGA(再構成可能な回路)」の研究を手掛けている。専用のコンピュータ言語を使えば、必要なアプリケ―ションに特化した回路にハードそのものを直ちに作り変えられるので、処理の高速化や電力効率の向上も実現できる。そこで、回路を簡便に設計するための道具や方法論を研究しており、「アプリケーションとの関連をもっと密接にした設計手法を考案し、性能を高めていきたい」と抱負を語る。

本学については「留学生が多い。彼らはよく勉強し、英語でディスカッションする。世界の研究交流のベースは英語にあり、それが自然に学べ、精神的な障壁がなくなる環境はとても楽しい」という。趣味はスノーボードで、自動車も好き。「研究テーマも含め速い物に魅かれるんですね」

また、ベトナム出身のトラン・ティ・ホン助教はIoTセンサの情報発信に不可欠な規格(802.11ah)の低コスト超低消費電力無線回路について研究している。通信速度は遅いが電池の電源で約1キロの範囲に電波を飛ばすことができるのがメリットだ。

超低消費電力802.11ah無線通信回路
超低消費電力802.11ah無線通信回路

「IoTセンサの中に入れる無線通信システムから、どのようにデータを送信するか。模擬試験と回路設計の研究を行っています。無線通信は日本に来てから始めたので難しいところもありましたが、挑戦を続けて無線通信機の開発を成し遂げたい」と意気込む。

5年前に来日し、九州工業大学大学院の博士課程を修了してすぐ、2015年1月に助教に採用された。「日本で就職できたのはとても幸運です。本学は静かな環境で研究設備もとてもいい。将来は日本とベトナムの教育の架け橋になりたい」という。「日本の友達と食事したり、バドミントンやカラオケをしたり、オフも楽しく過ごしています」

柔らかいハードウェア

研究室の仲間と
新素材LSIによるアナログニューラルネット
新素材LSIによるアナログニューラルネット

こうした幅広いテーマに学生も挑み、独自の成果を得ている。

タイからの留学生で博士後期課程2年のユッタコンキット・ユッタコンさんは、ライトフィールド画像処理に使う4Dカメラのアクセラレータがテーマ。「撮影後にさまざまな視覚からの画像が得られるので、天井に付ける監視用のドームカメラなどの中に入れて、電池で情報を発信できないかと研究しています」。本学にはインターンシップで来て、この分野の研究の楽しさを知り、入学を決めた。「博士課程修了後も日本にいて、好きなカメラ関係の企業に就職したい」と話す。

博士前期課程2年の竹内昌平さんのテーマはCGRA型のアクセラレータで、研究成果は2015年12月に国際学会で口頭発表した。「省電力かつ小さい面積で高性能を目標に作りました。限られた期間で集中して研究しましたが、評価されてうれしい」と振り返る。研究のモットーは「単なる作業にならないように、何が必要か、自分で考えて」

実は、研究室では、電力消費がほとんどないアナログ回路とガラス基板上に形成した新素材デバイスを組み合わせて、超低電力な機械学習の仕組みを試作している。IoT時代にはうってつけの究極の発想で、最初のアプリケーションは,手書き文字の自動補正だ。そのテーマの一端を担っているのが博士前期課程1年の亀田友哉さん。「アナログの人工神経回路をハードウェアのチップにするための研究をしています。模擬実験では、ちょっと歪んだ数字も正確に読めるようになりました。いまは研究が面白く、速いペースで進んでいます」と意気込んでいる。