~広報誌「せんたん」から~

[2016年1月号]
物質創成科学研究科 有機光分子科学研究室 山田容子教授、荒谷直樹准教授

 山田容子教授、荒谷直樹准教授

プロジェクトは最終段階

図1 有機半導体を層状に重ねて作る有機太陽電池の模式図
図1 有機半導体を層状に重ねて作る有機太陽電池の模式図

自然の光を電気に変換する太陽光発電は再生可能エネルギー利用の旗手だ。時代はシリコンの半導体を使うタイプから、有機化合物の半導体を使う有機薄膜太陽電池という次世代型へと広がる動きが加速している。有機物の半導体は、材料が安価で軽量なうえ、柔軟な基板にも加工がしやすいなどのメリットがあるものの、電気への変換効率などに課題があった。しかし、そのような問題点が、新材料や新たな製造方法などの開発でクリアされ、性能が向上しているからだ。

こうした研究開発の流れの中で、山田容子教授は、鈴木充朗助教、葛原大軌助教とともに有機薄膜太陽電池の材料の開発に挑んでいる。これまで「ペンタセン」といわれる不溶性の炭素化合物の材料について、カルボニル基というユニットを付けて化学構造を変えることにより溶ける性質を持たせた分子(ペンタセン前駆体)を作製。それを溶液にして基板に塗布した後、光を当てるだけで化学構造を不溶性で半導体の性質を持つ元のタイプに戻すことに初めて成功している。この成果は、本誌2011年9月号の記事で紹介した。

「太陽電池のプロジェクトは最終段階に入っています。いまでは、有機半導体を層状に積み重ねて太陽電池を作れるようになりました(図1)。変換効率も6%を確保できており、さらに向上していきたい」と山田教授は顔をほころばせる。

実用段階のネックになる製造コストも格段に下がる。これまで低分子の半導体材料の場合、材料を200℃以上の高温で気化して真空の中で「蒸着」するという形で層を作るので、基板の材質が限られ、時間や装置のコストがかかった。ところが、山田教授らの「塗布」の方法だと、常温で材質を選ばず大面積でもよいうえ、光の照射ですぐに定量的に固まるので、容易に数10ナノメートル(ナノは10億分の1)の厚さの薄膜半導体の層を積み重ねて電池の構造にすることができる。

「今後、材料の構造を変えたり、他の材料についても幅広くチェックしたり、太陽電池の性能向上を進め、変換効率は有機薄膜半導体で最高レベルの10%以上を目標にしています」と抱負を語る。

ナノリボン・ナノグラフェン

図2 超極細・極薄の配線材料
図2 超極細・極薄の配線材料

また、最近、荒谷直樹准教授、林宏暢特任助教とともに着手したのが、電気を通すナノカーボン材料の「グラフェン」を小さく切り出した構造の「ナノグラフェン」や、細長く切りとった「ナノリボン」の研究だ。グラフェンは6個の炭素原子が結合した正六角形の分子(ベンゼン環)がいくつも網の目のように平面に広がり、そこを通り道に電気が流れる。それを幅のそろったリボン状に合成できれば、超微細な回路の配線になり、電化製品の高性能化につながる(図2)。リボンの端に他の物質を付けてナノサイズのセンサにすることもできる。山田教授らは、「今後、ナノリボンを定量的に作れる合成法の確立などへ研究を進めていきたい」と話す。

本学で実績を重ねる山田教授は「合成した物質の物性を調べる機会が多いので、本学は高度な解析機器などが共用できる形でそろっているのが一番のメリット」と評価する。研究については「新しい化合物を作ることが楽しい。その延長で、他とは異なる手法で太陽電池を作ってきました。今後も機能性材料の研究を発展させていきたい」と話す。

優れた性能を引き出す

荒谷准教授のテーマは、いくつものベンゼン環がつながって平面状に広がる化合物を合成し、新たな機能をもつ有機半導体を作ること。多数のベンゼン環同士を結合(縮合)すると、化合物全体で電子を共有して電気をよく流すなどの特性があるが、ベンゼン環を結合する方向や重なり方によって異なる性質を示し、個性が表れる。

図3 56個の炭素原子から構成される平面分子の作成<p>に成功した。炭素材料としては珍しく、多数の電子を<p>放出することができる。
図3 56個の炭素原子から構成される平面分子の作成に成功した。炭素材料としては珍しく、多数の電子を放出することができる。

これまでナノグラフェンとして合成例がない「ペリペンタセン」という物質を作ることに成功している(図3)。荒谷准教授は「私の興味としては、ベンゼン環を拡張していって、その化合物が持つ一番いい性能を引き出すことです」と語る。電子を出しやすいだけではなく、人間の目で見えない近赤外光を吸収・発光をする化合物も得ている。そのような化合物から出る光をコンピュータの書き込みや記憶装置に使ったり、皮膚を傷害しない波長であることを利用して生体内のがん細胞だけを光らせる蛍光プローブに使ったり、と革新的な材料の開発も検討する。

「サイエンスの中で、化学だけが自分がデザインしてモノを生み出すことができるところが楽しい」と化学の世界に。「世界の科学者を驚かす美しい構造をもつ分子の創造を目指していて、そのような分子は必ず素晴らしい機能を備えているという信念があります」と強調した。

すべてが自分に任される

研究室で学生たちと

研究室では、別のタイプの有機薄膜太陽電池の材料研究も進んでいる。博士後期課程1年の田村悠人さんは、ポルフィリンという環状化合物と炭素60個が球状に結合したフラーレンを連結した化合物を開発した。「ポルフィリンが電子を供与し、フラーレンは電子を受容する側ですが、両者を混ぜるのではなく、直接連結することにより微細な界面を作ったり、分子を薄膜に均一な状態で整然と並べたりできるので、性能が向上する可能性はあります」と説明する。「性能向上に向けての新しいアプローチを世界に向けて発信したい」と意気込む。

また、博士前期課程の学生はそれぞれの思いを抱いてテーマに挑んでいる。

博士前期課程2年の浅田徹さんは、「ジケトピロロピロール」という自動車の塗料にも使われた赤色の色素分子の多量体合成がテーマ。「研究室では物質の合成から物性の評価まで、すべて自分の手でできることに満足しています。この物質は光をよく吸収し、電気もよく流す特性があり、その原理を解明するのが目的。つながっている分子の個数と特性の関係が明らかになればいいのですが」と浅田さん。「研究は毎日、コツコツと、継続は力なりです」と張り切る。

同じく博士前期課程2年の仲内阿季さんは、有機薄膜太陽電池で、電子を供与する層(p層)に用いる材料を開発している。「この層には非常に薄く滑らかな膜が必要でしたが、新しい分子を設計して硬い結晶になりにくい材料ができ、うまく進められそうです」と満足そうな表情だ。