~広報誌「せんたん」から~

[2016年9月号]

放射線で発光する蛍光体

病気の画像診断、セキュリティ、宇宙観測など放射線を検知する科学技術の応用範囲が広がる中で、放射線を受けて発光する蛍光体(シンチレータ)が計測装置のキーの技術として改めて注目され、研究開発が盛んになっている。

たとえば、PET(陽電子放射断層撮影装置)は、まず微量の放射線を発するブドウ糖を体内に投与し、その放射線を手がかりにブドウ糖が、がん病巣に集まる様子を追跡する。その際、計測装置に組み込まれたシンチレータは放射線を数千~数万の可視光に瞬時に変換することができる。その光を「光電変換素子」により電気信号に変えることで、がん病巣を画像化するなど検出を可能にする。だから、シンチレータの発光量を増すなど高性能化すればするほど、精度は高まり、有用なデータが得られることになる。柳田教授は、PETの原理を元にした高精度の「陽電子乳がん検診装置(PEM)」のシンチレータの開発を手掛けた。

このようにシンチレータを標的に、材料の基礎研究から応用まで一貫したテーマで挑む全国でも珍しい研究室が柳田教授らのグループだ。

シンチレータ
シンチレータ

研究成果は多種多様で、実用化された例も多い。柳田教授が最初に手掛けた検出器はエックス線天文衛星「すざく」に搭載された。企業と共同で開発した中性子を検出できる新しいシンチレータは、宇宙放射線計測のプロジェ クトで使用された。開発した中性子シンチレー タは高温で使用できることも特徴で石油資源探査への応用も検討されている。空港のエックス線手荷物検査で用いられるシンチレータの残光を10分の1以下に低減させた成果は、共同研究企業の製品となった。また、福島の原発事故の被災地に向けて高感度な放射線検出器を開発し、こちらも共同研究企業により製品化されている。

質の高い論文の積み重ねが必要

このようにさまざまな用途に柔軟に対応でき るのは、基礎研究の時点から、さまざまな材料の物性を丹念に調べあげた成果に支えられているからだ。なにしろ、エックス線、ガンマ線、中性子線など放射線の種類によっても対応するシンチレータの材料の特性が異なってくる。そこで結晶、透明セラミックス、ガラスの3種の無機材料をそれぞれ合成するなど一手に扱い、応用の幅を広げている。

また、シンチレータとは異なり、放射線エネ ルギーを蓄積したあと光らせ、線量を測るガラスバッジなど個人被爆線量計(ドシメータ)用の蛍光体も研究している。バラバラに進化してきた放射線計測に関する材料すべてをカバーし、統一した理論を構築することで研究を飛躍 させるねらいもある。

「まず、医療など生活に密着した分野でセンサーとしてのシンチレータの精度を上げていきたい。現在の画像診断では、がん病巣の解像度は5ミリ程度。これが1ミリになれば、切開ではなく内視鏡手術で治せ、患者の負担が軽減される。性能向上が福祉に直結するような開発を めざしたい」と柳田教授。学生時代は理学部の 宇宙物理学専攻で、星を観測、撮影する装置を開発していたが「実学寄りの研究をしたい」と テーマを産業用のセンサー開発に変えた。「論文になるほど質の高い研究を積み重ねれば、結果として一定の割合で役に立つものができる」というのが信条だ。趣味は全国の温泉めぐ りで、過去に日本温泉科学会に所属していたこともあるほどだ。

高感度の材料開発

河口准教授は、企業の研究者だったときか ら、柳田教授と共同研究を続けてきた。工学部の化学畑の出身で主に無機材料の合成がテーマ。中性子を高感度で捕捉できる6‐リチウム(6Li)を含むフッ化物(LiCAF)を作って結晶化し、中性子用シンチレータを作製するなどの実績がある。「新しい優れたシンチレータをつくる目的に対し、研究者ごとにそれぞれの方針がありますが、私の場合は材料を究めることで、不純物などがない高純度な単結晶を育成したり、異なる組成の新材料を効率よく一度に作製する方法を考えたり、合成手法を工夫してアプローチしていきたい」と研究に対する思いを語る。自宅ではもっぱら子育ての毎日だ。

岡田助教は、ガラスバッジなど蛍光ガラス線量計(ドシメータ)の原理であるRPL(ラジオフォトルミネッセンス)という現象に着目し、次世代の治療とされるマイクロビーム放射線治療に使われる微細なX線ビームの束の線量分布を計測することに成功した。サマリウム (Sm)という元素を添加した材料に放射線を当てると、蛍光の発光強度が変わることなどを利 用したもの。安定な変化なので蓄積した線量を何回も測定して詳細な分布がわかる、という。「研究は楽しまなければいい結果が得られない」というのが持論。大のサッカー好きで、自身もチームの司令塔であるミッドフィルダーを務めていた。

相次ぐ学会発表

昨年、スタートしたばかりの研究室だが、学生は早くも新発見や特許化など成果を挙げている。

中内大介さん(博士前期課程2年生)は発光量の高い新しい単結晶のシンチレータ材料を発見した。すでに6本の論文を発表し、欧米の学会で4回、発表している。「私の発見した材料は粉末の蛍光体と して知られていましたが、初めて単結晶化したところ放射線照射時の発光量が高いことがわかりました。過去の論文を調べて自分で材料設計していい結果が出た時の気分が忘れられません。いずれは大学の教員になりたいです」と夢を語る。本学の課外活動団体であるNAIST茶道会の部長でもある。

辰巳浩規さん(同)は、被ばく線量計の材料としてエックス線、ガンマ線だけでなく中性子も検出するガラスを開発し、特許化もされた。「自分の材料設計でRPLという現象を発現できたのが一番うれしかった」。米国で開かれた国際学会で発表したが「目に見える形で成果を残せたのがうれしい。第一志望の企業に就職予定だが、入社後は 研究開発に携わりたい」と話す。サッカー、フットサルできたえた体力には自信がある。

加藤匠さん(同)、中村文耶さん(同1年生)は、いずれも透明セ ラミックスのドシメータ材料を開発し、特性を調べる研究を行っている。加藤さんは酸化マグネシウ ムを含む材料の開発で、0.1ミリグレイと市販品の保証限界の低線量まで測定できることを発見、 国際学会でポスター賞を受賞した。一部の成果は特許化され、論文も4本発表した。趣味の海釣りをしているときに研究のアイデアが浮かぶこともあるという。中村さんのテーマはフッ化カルシウムを含む材料で「自由に研究ができる研究室の方針に魅かれています」と意欲をみせ、3本目の論文を投稿中だ。自宅ではギターの弾き語りを楽しんでいる。