~広報誌「せんたん」から~

[2018年1月号]

有用な材料の設計指針を構築

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自動反応経路探索による化学反応のメカニズムの解析。反応経路上のポテンシャルエネルギー曲面の傾きを調べながら、安定構造や遷移状態の構造を探索していく。

 目的の機能を思い通りに果たす物質を化学反応で得るため、科学者らは膨大な回数の実験を重ねてデータを蓄積し、試行錯誤を繰り返して成果を築き上げてきた。その中で、最近、理論化学の研究に大きな進展があった。物質を構成する個々の原子が持つ電子の「量子」としての性質を考慮しつつ、物質の反応前の情報のみから、起こり得る反応の途中経過を、ほぼ自動的かつ網羅的に弾き出す「自動反応経路検索(GRRM)」という日本独自の方法などが開発されたからだ。これで実験データだけでは測り知れない反応も把握して効率的に結果を予測できるようになるなど新材料の研究開発に理論計算の占めるウエイトが高まっている。

 畑中特任准教授は「理論化学や計算化学の手法を使って、化学反応や機能性材料が働く機構を明らかにします。また、取得した計算データを人工知能(AI)の機械学習などの技術により解析し、実験系の研究者との融合領域として新たに有用な材料を生み出すための設計指針の構築を目指しています」と抱負を語る。

不斉触媒と発光材料

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2種のランタノイド、テルビウムとユウロピウムを含む温度センサー。テルビウムとユウロピウムを結ぶリンカー配位子がエネルギーの移動に大きく関与していることを初めて明らかにした。

 主な研究テーマのひとつが、鏡像関係にある2種の立体構造を持つ物質(光学異性体)のうち、必要な片方だけが生成するように化学反応を進める不斉触媒。この触媒が働くときの複雑なメカニズムについて、GRRMの手法を使って解明する。

 これまで、有機化学合成にひんぱんに使われてきた「向山(むかいやま)アルドール反応」という炭素と炭素を結合する反応について、レアアース(希土類元素)を含む不斉触媒が、水中でのみ反応を促進するという特性を示す理由を初めて明らかにした。反応前の分子の構造や、個々の原子が反応する方向を示す数値データを入力するとGRRMの手法で自動的に計算し、反応の進行途上にある遷移状態で取り得るあらゆる構造変化のパターンを予測する。それら200-300のパターンに示された構造の歪や揺らぎを解析した成果だ。

 もうひとつのテーマは、レアアースの仲間でテルビウムなど15の元素の総称である「ランタノイド」について、機能材料として発光する過程での分子構造の変化の解明。エネルギーを得て電子が励起状態になると、例えば、テルビウムは緑色、ユウロピウムは赤色に光るので、蛍光灯やディスプレー、温度センサーに使われている。しかし、励起した状態での理論計算が困難なため、発光の強度を高めるなど化合物の分子設計ができなかった。そこで畑中特任准教授は、視点を変え、レアアースに特化して近似した計算ができる「エネルギーシフト法」を開発、発光の強度をめぐる機構を明らかにした。

 畑中特任准教授は高校生のとき、化学の授業で原子核を周回する電子の軌道の不思議なフォームに魅せられ、理論化学の道へ。「自分の分野だけに閉じこもらない」ことが信条で、実験系の研究者との共同研究では、必ず実験の現場に足を運び、共通した視点を獲得する。常に物理学や情報科学など異分野にもアンテナを張り、さまざまな要望に対応できるように心がけている。学生に対しては「研究が自動化する傾向にあっても、抽出されたデータだけでなく、生データまですべてを見渡す泥臭い作業を続けるべきです」と呼びかける。本学は様々な分野から来た学生が集まっているので、科学をさまざまな視点から見る機会が増えて勉強になる、という。ジョギングが趣味で、国際学会でもシューズを持参する。

シンプルに考える

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機械学習を利用した反応経路探索の高効率化

 ことし4月にオープンした研究室は若いスタッフが新たな研究手法の開拓に励んでいる。

 博士研究員の吉村誠慶さんは量子化学計算を使った反応経路の解析がテーマ。有機合成や自動車の排ガス浄化などさまざまな分野で使われているパラジウム触媒が、環状の化合物を形成する環化反応の機構を調べていて「反応の過程には予想以上の分子の構造パターンの変化があることがわかってきました。そこから新たな反応の手がかりをみつけたい」と意気盛ん。

 小学生の時から、理科や数学が得意で、小エビの飼育も続けている。大学の教員をめざしていて「研究ではできるだけシンプルに考えることにしていて、そうすれば複雑な現象も理解できるようになると考えています。昨日できなかったことが今日できた、ということが頻繁にあり、そのときが一番うれしい」と満足げだ。

 宮﨑文さん(博士前期課程1年生)は、レアアースのスカンジウムとイットリウムを含む金属触媒を使い、マイケル付加反応という方法で不斉合成するさいの反応機構の研究に挑んでいる。「触媒の中心にある金属の種類を変えるだけで、光学異性体の作り分けができるという面白い現象があります。そのあたりをターゲットに機構を解明したい」と意欲を見せる。関東の都市部の出身なので、本学の周囲の田園風景が珍しく気に入っていて、好きな写真の絶好のターゲット。それが高じて本学の写真部を立ち上げた。

 鎌田安奈さん(同)は、金属元素を一切含まない有機分子の不斉触媒が、反応において分子の立体構造をどのようにして制御するかについて調べている。「準備段階ですが、反応の前後だけでなく、その途中の変化まで可視化できるので、実験系の研究にはない面白さを感じています」と語る。学部は無機化学で、実験設備を他に借りに行く必要があったが、本学ではその必要がないほど整っているところがよい、と評価する。ジェットコースターが大好きで、最高の絶叫系を求めてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)、富士急ハイランドまで出かける本格派だ。

 瀬川実礼さん(同)は、イリジウム2つが1個の錯体になった二核錯体がアルコールを酸化するさいの反応経路を調べている。酸化と還元を繰り返すことで水素が移動し、分子構造によって反応性が変化するという応用範囲が広い特性を持った材料だ。反応経路を探索するのは楽しいが、大量のデータが出るので、ポイントを見逃さないように処理するのに気を使うという。時間があれば、海外旅行に出かけ、日本にはない食べ物を味わうなど文化の違いを感じるのを楽しんでいる。