~広報誌「せんたん」から~

[2018年5月号]

植物が産生する様々な化合物(代謝物)の比較解析からの発見

fig2
図1 様々な植物から検出される主なポリフェノール二次代謝物とその生合成経路

 人類は植物から、医薬品や化粧品、香料などの生活に役立つ貴重な化合物の材料を得てきた。これらの多くは二次代謝産物(特化代謝物とも呼ばれる)と呼ばれる化合物群で、植物にとっては病害虫に対する防御や、花粉を媒介する昆虫の誘因、強光や乾燥などからのストレスの緩和などの機能があることが知られている。そのため、植物が自然環境に適応し生き残るための戦略のひとつとなってきたと考えられている重要な化合物群である。しかし、自然界に広く分布する植物種が非常に多様であることに加え、それぞれの二次代謝物の分子構造や生合成経路が複雑であるため(図1)、有用植物二次代謝物を植物により多くかつ効率的に産生させるための生合成経路の解明は難しい点が多い。

 こうしたことから、峠准教授は「植物が有用な機能を持つ化合物をどのような生合成経路でつくるか、鍵となる遺伝子は何か、またそれらはどのようにして進化してきたか、という点に着目した研究を行っています。研究は、『どのような代謝物を産生するのか』という点を最初に明らかにしてから生合成経路を推測し、遺伝子の発現パタ-ンやDNA配列の相違と関連付けて解析をすすめるという手法を取っています」とボトムアップの研究方法を説明する。具体的には、植物のさまざまな器官や自然突然変異体コレクションにおける『代謝物をつくる能力の違い』についての比較解析を行うことにより、DNAに刻まれた歴史と生合成経路との関連性を探っている。「例えば、同じ植物種であっても日差しの強さや温度の違う地域で育ってきたかどうかで産生する代謝物が異なっていたりします。それは、何千万年という歴史の間でそれぞれの自然環境によって選択されて生き残った現在の形質と言えます。私たちは、そういった代謝物の機能が環境ストレスへの耐性と関連性があるかなどの解析も行っています」と話す。研究手法としては、「オミクス統合解析」というオミクス(DNA配列、遺伝子発現や代謝物について、分子全体の包括的な理解を試みる研究手法)を組み合わせた手法を用いている。

植物を紫外線から守る化合物

fig3
図2 シロイヌナズナ野生株コレクションの代謝物分析から発見されたSaiginol Aの産生の有無と自生地分布。(右下)鍵遺伝子を標的に行った交配により、非産生型植物にSaiginol産生型能を付加することができた結果。

 最近の成果のひとつは、有害な紫外線から植物を守る機能がある二次代謝物とその代謝物生合成の鍵遺伝子を、アブラナ科植物であるシロイヌナズナの野生種コレクションの比較解析から見つけ、さらに環境デ-タなどから紫外線ストレス防御との関係性があることを突き止めたことだ(図2)。この研究は、昨年まで所属していたドイツのマックスプランク研究所で行ったものである。この物質はフェニルアシルフラボノイドと分類される化合物で、1千万年前から特定のシロイヌナズナ野生種を紫外線から守っていたと考えられたため、日本語の「遮る(さえぎる)」の古形「さいぎる」という言葉から「Saiginol」と名付けた。この化合物は化学構造の一部に、私たちが普段使用する日焼け止めの成分と類似した構造を持つ。本学赴任後の研究ではアブラナ科植物全体に範囲を広げた『種間比較解析』に展開し、有用二次代謝物の鍵遺伝子の探索を行っている。

 このほか、トマト栽培種と野生種の比較研究では、活性酸素を消す抗酸化作用がある代謝物をつくる形質の鍵となるDNA領域を特定するなど、ナス科作物の分子育種に向けた研究へと幅を拡げている。

 「2000年ごろからのポストゲノム科学の発展により、生物の全遺伝子が一つのリストとしていつでも見ることができる時代になりました。自分たちの代謝物分析で見つけた新しい化合物の産生に関わる遺伝子が、このリスト上のどこかに必ずあると突き詰めていくいわゆる消去法の戦略が取れるようになったのは、私にとってある種の価値転換でした。私たちの行っている研究での新しい発見には、間違った情報が混ざれば矛盾が生じ辻褄が合わなくなるため、情報の一つ一つを吟味して注意深くロジックを組む必要があります。時には、公開ゲノムデータの方の間違いに気づくこともありました」と振り返る。

 本学については「『研究』をしたい人を様々な分野から広く受け入れています。ぜひ一緒に研究を楽しみましょう」という。料理を作るのが趣味で、長いドイツ生活でヨ-ロッパの食材を使って日本料理などを作っていたため、現在も創作料理などを作るのが好きだ。

代謝物の生産を促すホルモン

 清水助教は、植物ホルモンのジャスモン酸が二次代謝物の生産を誘導する仕組みを研究している。このホルモンは、高等植物が病害や昆虫による傷害のストレスにさらされたときに生産され、受容体(タンパク質)に作用し、遺伝子の発現を活性化。その結果、イネの抗菌物質であるサクラネチンなど二次代謝産物の生産が促進される。

 清水助教は、イネのサクラネチンの生合成酵素遺伝子を発見。この遺伝子はジャスモン酸がないと発現しないことを突き止めた。「現在のテーマは、ジャスモン酸の植物体内での生合成や機能の解明が中心です。また、イネ以外の植物でもジャスモン酸を作用させると、さまざまな抗菌性の二次代謝産物を生産するので、両者の関係をくわしく調べて病害対策などに役立てたい」と話す。

 「しつこいほど粘り強く研究する」のが信条。「本学は植物の研究者が多く、非常に研究しやすい」という。海釣りが趣味で、美味探索も大好きだ。

広い視野と集中力

 峠研究室は、昨年スタートしたばかり。学生はそれぞれのテーマの研究に励んでいる。

 中山香奈さん(修士課程2年生)は、作物種を含む5種のアブラナ科植物を栄養欠乏の条件下で育てたとき、種間でどのような変化の違いが出るか、遺伝子発現や代謝物の比較解析をしている。「これまでの実験で、植物種間で植物の大きさや葉の色、また遺伝子発現の違いが見られており、これからの代謝物分析結果が楽しみです」と張り切る。大学では基礎免疫がテーマだったが、本学では「視野を広げたいと未経験の植物科学分野を選びました」と話す。峠先生の自分で考えて進めるという研究スタイルにも惹かれたという。インドネシアで開かれた国際シンポジウムで学生として発表するなど機会を逃さず挑戦した。趣味も、料理、筝曲、短距離走、釣り、囲碁将棋と多彩だ。

 安川小百合さん(同)は、アブラナ科植物が産生する紫外線吸収物質の探索とそれらの構造多様性の解析をしている。「新しい有用物質の候補がいくつか見つかり、これが人の生活に役に立つ機能を持っている化合物だったらうれしい」と期待する。「化粧品開発に興味があり、植物など自然界の生物から化粧品材料をみつけるという夢をかなえたい。」「本学は、全ての学生が大学院からのスタートという同じ環境なので、なじみ易かった」と語る。趣味は音楽鑑賞で、特にK-POPグループを代表するBIGBANGの曲を好んで聴いている。