~広報誌「せんたん」から~

[2018年9月号]

油と水を交互に流す

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 医療や産業に役立つ有機物質の創成の手法を確立したり、ポイントになる化学反応を巧妙に制御して精密な分子合成を実現したり。有機化学合成を効率的に行って、幅広い分野に応用できる道を拓くための基盤の研究に挑んでいるのが、反応制御科学研究室だ。

 研究室の大きなテーマの一つが、光のエネルギーを使って有機合成する「有機光化学」という分野。その成果の一つが、新たな仕組みの「フローマイクロリアクター」の開発だ。細長く透明なテフロン製のチューブ(直径約1ミリ)内に、反応させる物質を入れた有機溶液(油性)と、水を交互に流し、そのチューブに光を照射する。この際、油と水は分離するので、チューブ内に油の層と水の層が交互に並んだまま移動し、光はそれぞれの層の通り方の違いから油の層内で反射を繰り返して、一部の光がチューブ内に留まるという現象が生じることを発見(図1)。その原理を装置の仕組みに取り入れたところ、チューブの出口までの間、まんべんなく光が当たり続けて反応が飛躍的に効率よく進むことがわかった。

 「油と水を交互に流してみたら、この装置だからこそできる有力な手法が見つかりました。連続的に流すことで収量も確保できるでしょう」と森本准教授は説明する。

反応の方向を導く

 また、有機化合物の複雑な合成の途中の段階で、キーになる分子を改変して、簡便に目的の物質に仕立てる方法の研究も重要なテーマだ。

 森本准教授は、有機化合物を特徴づける原子団である「官能基」を効率的に付け替える反応に成功した。これまで有毒な一酸化炭素(CO)の代わりに、ホルムアルデヒド(CH₂O)と金属触媒を使い、カルボニル基(-C=O)という官能基を持つ医薬品など有機化合物を安全に合成する方法を実現。その成果をもとに、今度は、カルボニル基を新たに作るのではなく、別の物質がすでに持っている官能基を光照射によって切り取り、金属触媒で目的の有機化合物に移動させるという画期的な手法に発展させた(図2)。

fig4図2
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 例えば、薄膜太陽電池の材料である物質(アントラセンジケトン)は、光によってカルボニル基を離脱する。そこで、この物質とカルボニル基を導入する物質、金属触媒の3つを溶媒に入れ、光を当てると官能基が移動することになる。森本准教授は「不安定で合成しにくい反芳香族性といわれる有機化合物などの新しい作り方になるでしょう」と予測する。

 さらに、谷本助教は、有機化合物の分子に含まれる窒素(N)原子が3個連結したアジド(―N₃)基という官能基について、その爆発を起こすほど高い反応性を精密に制御したり、同様の性質がある窒素が2個のジアゾ基(=N₂)などに変換する方法を確立した(図3)。アジド基やジアゾ基は分子同士を連結する特性があり、自在に操作できれば、薬剤や機能性材料など複雑な構造の有機化合物の簡便な合成に役立つ。

 「有機化合物の分子構造の中で、アジド基が結合している炭素の周囲の分子環境を調べたうえで、制御、変換します。操作に好適な部位を見つけており、現段階では1か所での操作ですが、今後、同時に複数できるようにしたい」と抱負を話す。

暖簾を掲げよ

 反応制御科学研究室は、平成9年に赴任した垣内教授が、有機合成を主体に有機光化学という新しい分野にも踏み込んだ研究室として立ち上げた。「有機合成という分野から企業で活躍する多くの博士人材を輩出できたこと、製薬企業の求める医薬品合成の受け皿になり得たことは、研究室にとってよかったと思っています」と垣内教授。研究は理論の構築と実験による検証の積み重ねだが、「研究者は個人商店のように暖簾(のれん)を上げて仕事をすれば、結果は出るが、望む結果ではないことがある。でも、時間はかかるが、自分なりの暖簾を上げないと何も進まない」と若手研究者にアピールする。

 一方、森本准教授は、金属触媒を使った有機合成を中心に研究を続けてきた。「発見型の研究を心掛けています。テーマを設定する際、他者の研究の後追いにならないよう、流行りの分野の論文からヒントを得ることだけは避けます」と断言する。

 ただ、本学は多様な分野の研究者が多く、共同研究の機会に恵まれて視野が広まることが多い。最近では、バイオサイエンス領域との研究で、植物のウコンに含まれるクルクミンという成分の抗がん作用など薬効を強化するため、分子を水に溶けて血液中に入り込み易いように設計し創薬の可能性を高めた。夏休みには必ず高校野球大会の観戦に向かい、阪神タイガースの大ファンでもある。近鉄電車と阪神電車が連結し、本学から直接甲子園球場に行けるようになったのがうれしいという。

 谷本助教は、大学生のときから、モルヒネなど天然の有機化合物(アルカロイド)の全合成を手掛けてきた。しかし、「分子を自在に合成する方法を確立したい」と本学の助教に。「分子の合成はプラモデルを組み立てるような面白さがあります。それだけでなく、アジドなど取り扱いにくい分子を制御する職人技を磨きあげる大切さも学生に伝えたい」と話す。商社マンの父親の関係で、小中学校時代をインドネシアなど東南アジアで過ごしたこともあって、「本学は東南アジアの留学生が多い。かつてお世話になった恩返しの意味でも、研究者としての自立を支えたい」と思いやる。元研究者の妻と4コマ漫画を読むのが趣味だが、ユニークなのは、鉄道の線路の終端を表す車止め標識を撮影すること。「鉄道ファンは競争が激しいので、だれもやらないコレクションで独自性を出しました」と話す。

企業が求める博士人材

 大学院生も成果を上げ、新たな展開を試みている。

 博士前期課程2年生の山口淑子さんは、気体の一酸化炭素を直接使わず、光照射により有機物から発生させる形で安全にカルボニル基をつくる研究を行っている。「いくつかの原料については、高い収率で目的の生成物が得られました」と満足そう。「広く応用できる反応方法の開発ができる研究室を選びました。求められるモノを生み出せる専門性が高い研究者になりたい」と夢を語る。イラストを描くのが好きで、大学生の時には、先輩が論文を投稿した学会誌の表紙に採用された。今研究室でも、ホワイトボードには彼女の描いたイラストが所狭しと並んでいる。

 博士後期課程3年の横井大貴さんは、3つのアジド基を持つ有機化合物に対し、それぞれのアジドに異なる3種類の化合物を連結する方法論を確立した。「反応は非常に不安定な中間体を経由して進行するので、それを迅速に変換するような条件にして解決しました」と振り返る。企業に就職するが「日本の企業でも博士人材が必要になってきたようです」と話す。本学から、英国の大学に留学した時に、「集中して研究し、休憩は必ず取る」というメリハリのある研究文化を体験した。そして、本場のウイスキーの洗礼も受け、こちらも勉強を続けている。