~広報誌「せんたん 開拓者たちの挑戦」から~

[2020年5月号]

 顔の表情や周囲の物体の認識といった画像を処理し、視覚の情報を再構成するコンピュータビジョン。ロボットの眼になったり、自動運転の安全性を増したり、高度な用途が求められるとともに、急速に進化している。その中で、田中賢一郎助教は、光をナノ(10億分の1)秒単位で繰り返し対象物に照射することで、光が反射する道筋を詳細に追跡し、奥行きがある3次元(立体)画像の情報を解析することに初めて成功した。この成果は、科研費の基盤研究(B)として実施された。

材質を推定

 田中助教らが開発した技術は、時間の経過に伴う画像の変化を超短時間に区切って解析する「時間相関ビジョン」という手法。それまでのコンピュータビジョン技術は、色の三原色の赤(R)、緑(G)、青(B)の変化で表すRGB方式の2次元(平面)画像が入力され、光跡の情報は反映されなかった。

 そこで、田中助教は、秒速約30万キロの光は、ナノ秒以下では、数十センチしか進んでおらず、対象物の奥に届いた光の反射も含め、その変化を時々刻々にとらえることができる、と発想。トフ(TOF)カメラという測定センサーは、光が対象物に当たって反射するまでの時間をもとに距離を計測して、3次元情報を得ることから、このカメラとナノ秒以下の瞬間的な光(パルス光)を繰り返し照射する装置を連動させた。

 その結果、時間の経過に伴い、その時々に現れる画像のパターンに応じて、光の伝わる速度の変化を測定でき、さまざまに反射する光跡の情報が得られた。そのデータを解析したところ、例えば、外見は同じ卵であっても、光を強く反射するゆで卵か、光が浸透する生卵か。それぞれの材質を推定して判別できるようになった。

 「壁の前に物体がある時、光は壁や物体のそれぞれに反射するなどさまざまな経路をたどりますが、その伝わり方の画像が時間を追って順番に撮影でき、より高度な情報が得られます。また、動画のコマ数がナノ秒単位になり、10億倍の超高速で撮れるので、さまざまな光の情報が圧縮されて失われることがありません」と田中助教。

自動運転の安全性を向上

 この技術は、材質を推定できるので、ロボットの円滑な作業に使える。豪雨や濃霧など悪天候の中の自動運転でも、ひときわ強く光を反射する堅い障害物までの距離を正確に測定して安全に走行できる。医療面でも、皮膚の下の毛細血管の形状がわかるなど用途は幅広い。

 田中助教は「いままで、時間の経過による現象の変化の測定技術は、蛍光寿命顕微鏡など基礎研究の分野が主でしたが、社会に広く応用する道を拓き、コンピュータビジョンの技術を発展させたい」と夢を膨らませる。

 大学では、コンピュータサイエンスを学び、油絵の中に潜んだ下絵を復元するなど「見えないものを見る」研究を続けてきた。好きな言葉は「継続は力なり」。NAISTは研究にまい進するにはうってつけの環境と意欲を燃やしている。


▲見た目は同じ真っ白な物体でも、材質の違いを見分けることができる

▲シーン中を光が伝わっていく様子を撮影することができる