奈良先端科学技術大学院大学に入学されました皆様、本日は誠におめでとうございます。また、これまで皆さんを支えてこられた、ご家族や関係者の皆様にも、心よりお祝いを申し上げます。

 新型コロナウイルスの驚異が世界を席巻し、2年以上の時が過ぎました。我が国をはじめ世界中でワクチン接種や、治療薬の開発は進んでいるものの、根本的な解決には至っておりません。ウイルスは変異を繰り返し、未だ、世界中で猛威を振るっています。2022年3月上旬の時点で、世界の感染者は約4億5,000万人、死者は約600万人を越えました。私達人類は、長い歴史の中で感染症の脅威と戦い続けてきましたが、新型コロナウイルスに限らず、未知の感染症が蔓延するたびに、我々、科学の徒への期待値が高まったことは、皆さんも自覚しておられると思います。ワクチン開発、創薬、飛沫拡散シミュレーションなど、世界中の科学者が、互いの物理的な接触を絶たれつつも、バーチャルなコミュニケーションを活用しつつ、同じ目標について力を尽くしています。

 この混乱をどう収束させるべきなのか、さらには、収束の先にある社会はどうあるべきなのか、難しい問いが突き付けられています。こうして物事が急激に変化している世界の中で、我々は今までと同じように研究に従事していて良いのでしょうか。研究室に籠もり、細分化された科学の一分野の道を究めていくことが許された我々研究者が、コロナ禍という最大級の危機に身をおいたとき、世の中からは「社会に役に立つような成果を出して欲しい」という声が当然向けられます。世界で様々行われている研究に、どのような研究を追加すれば全体として成果が最大化され、市民が救われるかを、考えていかなくてはなりません。本日、入学式を迎えた皆様にはぜひ、未来のあり方に思いを馳せ、自分のできること、やるべきことは何か、学生生活を通じて考えて抜いていただきたいと思います。研究や仕事の位置づけを、誰かに委ねず、自ら行うことが大切です。

 2012年、iPS細胞(人工多機能性幹細胞)でノーベル賞を受賞された山中伸弥先生も、奈良先端科学技術大学院大学で研鑽された研究者であります。山中先生は、iPS細胞を人類の生存、病気の克服を通じた人生の質の向上のため役立てたい、という強い情熱を今も持ち続け、「細胞を若返らせ、様々な組織を作る」というまるで神話のような現象を、現実にしていかれました。科学には未知の領域がまだまだあります。繰り返しになりますが、根源的なテーマを追求しつつ、得られる成果を人や社会とどう繋ぐのか、やはり、ここに鍵があるのではないでしょうか。

 皆様の人生で、自らの助けとなるのは、やはり自ら汗を流し獲得した、知識や体験、考え方です。この先も困難を厭わずに乗り越え、逆境は自らを鍛えるチャンスと捉えて、恃みとなる自己を磨いてほしいと思います。その想いをこめて、私の信念でもある「自鍛自恃」という言葉を送ります。若いときの苦労は成長の糧となります。自らを鍛え、自らに恃むべし、を心がけてください。

 今春入学されました皆さまにおかれましては、昨年10月に、創立30周年を迎えられたNAISTの未来を拓き、自らの未来を拓くべく、素晴らしい学生生活を過ごしていただきたいと思います。自らを存分に磨き上げ、自身の経験を肥やしとし、美しい花を毎年咲かせ、その繰り返しによって大木となられんことを祈念し、私のお祝いの言葉といたします。

令和4年4月5日
国際高等研究所所長   松本 紘