~広報誌「せんたん」から~

[2019年5月号]

概日時計は細胞の分化に影響

 生物の体内には、約24時間周期でリズムを刻む概日時計が備わっている。この時計は特定の遺伝子の働きによってリズムを生み出すのだが、その仕組みは植物と動物では全く異なる。ただ、その機能についてはいずれも環境の周期的な変化を感知して状況を予測し、対応した手立てをとるための基準になり、生き残り戦略の重要な役割を担う。どうやら共通の目的に向かって別々のルートで進化したらしい。

 遠藤教授らは、未解明な課題が多く残る植物の体内時計に焦点を当て、全体像を解明する研究を重ねている。「植物の体内時計は、遺伝子発現のタイミングや、ある細胞から別の細胞への分化・伸長、季節に応じた花芽の形成とさまざまな生理現象と関わっています。実験では、モデル植物のシロイヌナズナを使い、分化の過程での体内時計の重要性などさまざまな切り口で調べています」と語る。

葉と根が情報をやりとり

 これまでの研究成果を紹介しよう。まず、植物の体内時計は、葉や根などいたるところにあるものの、その機能は、葉の表皮と維管束など場所によって異なり、役割分担していることをつきとめた。「動物の場合、脳が体内時計を統括していますが、脳がない植物は、体内のあちこちにさまざまな機能を持つ時計を配置し対処していることになります」と説明する。

 それでは、植物体の各部位でバラバラに示された時間を補正する仕組みはあるのか。動物なら、神経や血管を介して情報が伝達される。そこで、遠藤教授らは、植物に栄養素を加えると体内時計が反応し、リズムが変化することを発見。「植物が栄養素を取り込むときに、合わせて時間の情報も伝えている」という新しい概念を打ち出した。地上部の葉と地下の根の時間情報のやり取りを調べる実験では、葉で光合成によりできた糖が根まで移動して濃度が高まることで「昼間ですよ」という時間情報を伝え、根は栄養素を吸収するときのリズム変化により情報を上げるというやり取りの仕組みを解明しつつある。

 「植物は動けないので、光などの環境情報を、いろいろな方法で知る必要がある。本来なら光はエネルギーや栄養を得る手段のはずなのに、そこにも時間的な意味を持たせるのは、植物らしさの一つでしょう」と話す。

開花の時期を薬で調節

 植物の体内時計の働きが如実にわかる代表例は、毎年、決まった季節に花が咲くことだ。植物は日ごとに変わる日照時間の長さ(光周性)を読み取り、自身の生理環境を変化させて、最適の時期に花芽をつける。

 遠藤教授、久保田助教らは、この光周性の仕組みを逆手にとって、薬で体内時計を操作し、開花の時期を遅らせるなどして、自在に花開かせる研究に着手し、有効な薬品を見つけつつある。「現代版の花咲かじいさんを目指します。遺伝子組み換えの技術では、すでに成果がありますが、多くの人が携わる農業の現場では、薬の方が使い易いと思います」と話す。

 こうした体内時計の今後の研究について遠藤教授は「植物の細胞が初期化しなくても分化し得る全能性の仕組みの解明、さらには人の再生医療に結びつく研究にまで広げていきたい」と抱負を語る。

 遠藤教授は、植物の光を感じる受容体タンパク質の構造などを調べていて、関連する概日時計の研究に入った。「新しい研究のアイデアは、それまでのアイデアの組み合わせです。植物で難問であっても、動物ではすでに解明されているかもしれないことを意識して幅広い分野に興味を持つようにしています」と話す。本学については「他大学に比べて植物分野の研究者が多く、設備が充実している」と強調する。趣味は、小学生のときから始めたコンピュータのプログラミング。将棋はアマ初段級で折り紙やけん玉も得意。

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▲ 図1 根と地上部の間での時間情報の共有メカニズム
植物がどのようにして、それぞれの細胞が持つ時間情報を共有しているかは長い間不明であったが、糖やカリウムといった栄養素が、時間情報も伝えているらしいことが明らかになりつつある。

遠赤色光が抜けていた

 久保田助教は、シロイヌナズナの光周性に関して概日時計の遺伝子の応答などを実験室と野外で調べている。花芽の形成に関わる遺伝子群の発現パターンを追跡していたが、驚いたことに日長、温度など環境条件を単純化した実験室と野外では全く違ったパターンになることがわかった。調べたところ、夜だけ働くのが定説だった花芽形成を誘導する植物ホルモンが、朝も働いていた。

 つまり、野外の自然光には、赤外線よりも波長が長い遠赤色光も含まれ、これが作用していたのだが、実験室の人工照明の蛍光灯は、製造段階ですでに遠赤外線は無用としてカットされていたのだ。

 「実験室の照明の光質と温度を変えることで野外と同じ状態が再現できました。自然光に含まれる光の性質などをよく調べれば、実際の分子の働きを考慮した農業の改善ができるかもしれません」と意気込む。

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▲ 図2 実験室と野外ではフロリゲン遺伝子の発現パターンが全く異なっている
これまでの研究で前提としていたフロリゲン遺伝子の発現パターン(左)と野外での実際の発現パターン(右)。
低温や遠赤色光がこうした違いを生み出していることを明らかにした。

 久保田助教のモットーは「とにかく楽しむこと」。

 本学に赴任する前はワシントン大学の博士研究員だったので、「最初は慣れるのが大変でしたが、いまは好きな環境で研究施設に近いイメージがあります」と話す。学生時代は、京都府の八幡市民オーケストラなどの団員でヴァイオリンを弾いていたが、いまは米国のテレビドラマに熱中する。音楽はストレス発散になるので、再開したいという。

畳敷きの研究室

 昨年4月にスタートした研究室には、珍しい畳敷きの部屋がある。遠藤教授の方針で「独立した暁には、掘りごたつがある畳の部屋を設けたい」と宣言していたことから生まれた。畳の上でごろごろしながらアットホームな雰囲気で研究報告が聞ける。

 このような環境は、自由に学び、研究にまい進する学生を育てるにも役立つ。

 山蔦祐太さん(博士前期課程1年生)は、概日時計を遅らせる薬物を調べている。「学部では岩石にX線を当て構造を調べていましたが、もともと生物に興味があり、幅広く科学のことを知りたいと、この研究室を選びました」と話す。本学は勉強しやすい環境で「将来は、食品関係の仕事で研究職に就きたい」と意気込む。時間が空けば、ユーチューブでのゲーム鑑賞に熱中する。

 国本有美さん(同)のテーマは、植物の葉と根の間で時間情報を共有するメカニズム。「葉で作られる糖が根の概日時計に影響を与えている可能性が示唆され、その時は、やったったと思いました」。ゴマの成分の抗炎症効果を調べていたが、植物のことを深く知りたくて入学。「研究室はよい雰囲気で、いい仲間に出会いました」と話す。無類のアイドル好きでジャニーズWESTなど男女を問わず「キラキラしている人を応援したい」という。

 葉肉細胞の遺伝子発現について概日時計と分化の関連を調べているのが、粕谷日向子さん(同)。「遺伝子が過剰に発現すると、葉肉細胞が異常に増加することが証明でき、とてもうれしい」。学部のときは酵母がテーマだったが、チャレンジ精神で本学を選び「大学院なのでさまざまな分野の出身者と出会えた」と話す。一方で、エレクトロニック・ダンス・ミュージック(EDM)の音楽フェスに行っては、「会場が一つになって盛り上がるのが心地よい」という側面もある。