~広報誌「せんたん」から~

[2019年9月号]

進化する通信網

 巨大な情報通信網であるインターネットは、大災害時の救助活動や、高度化する交通システムの運行管理といった社会の安全、効率化を支えるインフラの役割を果たす。また、誰もがスマートフォンなどで情報をやりとりする中で、走る車同士の送受信など、どこでも使える通信環境の技術が開発される一方で、高精細な映像の送信など高度な伝送の技術も実現した。
 このようなネットの現状を見据えた多彩なテーマの研究開発に取り組んでいるのが、藤川教授らの情報基盤システム学研究室。メンバーは、本学の情報処理サービスを提供する「総合情報基盤センター(ITC)」のスタッフを兼ねており、運営やトラブル対応のエキスパートでもある。

災害の負傷者を救う

 藤川教授は「実用性を重視し、実環境でも使える研究を心がけています」と強調する。最近の成果が、大災害で多数の負傷者を病院に救急搬送する際、地上のネット回線がダウンして衛星回線に切り替わっても必要な情報をスムーズに送受信する技術の開発だ。
 「医師らは負傷者のケガの状態によって、治療に適切な病院を選択し、受け入れ可能かどうかを知る必要があります。衛星回線の通信速度は気象条件によって変化するので、切り替わった時の通信設定が困難でした」と背景を説明する。
 通信の調整は、現場の環境に応じて送信側と受信側の通信速度などパラメータを合わせるといった専門的な技術が不可欠だが、藤川教授らは、WANアクセラレータ(広域通信網加速装置)という機器などを使って最適のパラメータの組み合わせを自動的に選んで設定するシステムを開発した。さらに、全国各地で使えるように、研究室所有の自動車を移動衛星基地局にして各地をめぐり、現場の状況に応じたパラメータをデータベース化している。これまで、海上自衛隊の協力により、艦船に仮想の救護本部を置いた通信実験を重ねており、 2016年4月の熊本地震では、通信回線の設定の支援活動を行った。

▲災害時ネットワークの構成例

社会的意義のある研究を

 一方、自動車など交通手段がネットワーク化される中で、それを悪用した外部からの操作を防ぐといった新たなセキュリティの課題にも目を向ける。例えば、車内のネットワークに入り込んだ悪意のあるソフトウェアを検知するため、車内の装置を動かすときの電圧の立ち上がりの挙動などについて微小な誤差を検出し、疑義があれば自動的にその制御情報を無視するといった方法の研究に取り組んでいる。
 藤川教授は、ネットの草創期から、研究に関わり、伝送する画像と音声を同期させるなどネット環境の変遷を先取りしたテーマを選んできただけに「大学でこそできる社会的意義のある研究をめざしています」と断言する。本学については「研究に対し、攻めの姿勢を尊重する自由な雰囲気があります」と評価する。
 研究のほか、スポーツが好きで、小学生のころから始めたゴルフでは、各地の有名コースを巡る。中学高校でハンドボールの選手、職場の野球のサークルにも参加してきた。

路線バスで定点観測

 新井准教授の最近のテーマの一つが、長時間巡回する路線バスを常時定点観測する街の情報センサー基盤として活用するシステムの開発だ。
 その発想は、神戸市のみなと観光バスとの共同研究から生まれた。バスが検知したGPS(全地球測位システム)、車速、温湿度、気圧などのデータをネットで受信して解析するという方法を使うのだ。これにより、運行状態の自動推定のほか、車内の画像を記録するドライブレコーダーのデータ解析により、乗降客数を96%の精度で算出することに成功してきた。
 このような成果を踏まえ、バスの走行中に得られるビッグデータをリアルタイムの気象予測に役立てる研究に取り組んでいる。「路線バスは同じコースを1時間に数台走るので広域の定点観測ができます。将来的には道路の損傷などを常時監視すれば、補修費用の節約にもつながります」とプランを語る。行政的な視点を加味した研究スタイルから、新井准教授は、内閣官房の「オープンデータ伝道師」、総務省の「地域情報化アドバイザー」に相次いで 任命されてもいる。

街の情報センター基盤

車の通信を軽快に

 垣内助教は、情報や通信の技術を導入したITS(高度交通システム)のひとつとして、自動車同士が通信して交通情報を集めるなどするときに快適につながる通信手順(プロトコル)の研究を進めている。GPSによる車の位置情報を利用する「ジオネットワーキング」というプロトコルで欧州の電気通信標準化機構(ETSI)が提唱した。垣内助教はそのメンバーに加わっていて「実際に車上で通信に使えるプログラムを開発してきました。ソフトは公開されていて、多くのユーザーが自在に改変して使ってもらえるように工夫を施しました」と期待する。
 また、インターネットのプロトコルの新規格として登場した「IPv6」について、使い易い環境を探り、普及に務めている

超高精細映像を伝送

 油谷助教は、実用放送されている超高精細の4K映像より4倍緻密な8K映像で「さっぽろ雪まつり」のライブを撮影。臨場感あふれる映像を非圧縮のまま、ネットにより、札幌、大阪、シンガポールの3拠点を結んで伝送する大がかりな実験に成功した。映像の圧縮は放送電波では伝送容量に限界があるためで、油谷助教は、8K映像の容量(毎秒約50ギガビット)が送れるネット回線を使い、複数の伝送経路に同時配信し互いに補完するなどの体勢を取り、欠損やノイズがない映像の伝送がかなった。
「8K映像は3300万画素もあり、圧縮すると画素がつぶれる可能性があります。実験を重ね、地球の反対側の遠隔地まで送るのが目標です。アートや医療の分野にも使えるでしょう」と意欲を見せる。野球中継でも一目瞭然の効果があり、試合の8K映像のデータを使い、チームの実力を裏付ける選手のデータを解析する研究にも取り組んでいる。

セキュリティが課題

 若い学生もめまぐるしく変化するネット環境に沿ったテーマを選んだ。大平修慈さん(博士前期課程2年生)のテーマは、自動車のセキュリティ。悪意のある攻撃に対し、車内のコンピューターにアクセスの記録を自動的に残し、証拠の消去を防ぐシステムの開発だ。「たとえ事故が起きても原因が特定できます。いまは攻撃を止めて未然に防ぐ方向で研究しています」と話す。一貫してネットワークの研究を続けていて「研究は熱意が大切。本学は、思いついたらすぐに手が動いて実験する人が多く、その点を見習っています」。
 山﨑勇二さん(同)は、ネット上で情報を閲覧できるウェブ内のセキュリティを研究する。「かつてはサーバー(サービスの提供者)側で攻撃を防いでいましたが、最近はクライアント側(利用者)に直接、仕掛けられるケースが増えています。そこで、攻撃者が不正なコード(命令など)を注入したら、クライアント側から検索ソフトの動きを検知して、追跡し防御する研究をしています」という。メリハリを付けた研究生活だが「本学は研究力、技術力ともに高水準で驚いています」と実感している。