~広報誌「せんたん 開拓者たちの挑戦」から~

[2020年1月号]

温度差で電気が流れる

 周囲の環境を多数のセンサで常時監視して有用な情報を収集するIoT(モノのインターネット)の時代には、その場にある光、熱、振動などのエネルギーから、直接に継続して装置の電源を得る環境発電の技術開発が欠かせない。特に、排熱など未利用のまま捨てられることが多かった熱エネルギーについては、「素材の両端に温度差が生じると電気が流れる」という原理に基づく熱電変換の技術を拡張すれば、僅かな量でも無駄なく捕捉し利用できる可能性があり、エネルギー有効活用の面からも期待がかかる。

 中村教授は、ナノ炭素材料であるカーボンナノチューブ(CNT)をはじめ、有機・無機化合物を複合した材料を使い、人体レベルの微少熱源からの発電性能を最大限に引き出し、布のように使える「柔らかい熱電材料」の開発をめざしてきた。その実現のカギになる基礎研究として「複合材料内の分子同士の接点での熱輸送(伝導)の仕組みをナノ(10億分の1)メートル世界の物理学で解明する」「発電性能に直接関わる熱伝導率を幅広いレベルで制御する」という趣旨の課題を中村教授が科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業「CREST」に提案したところ採択され、チーム型の研究を展開している。共同研究者は本学客員教授でもあった山下一郎・大阪大学特任教授。

CNT紡績糸

 熱電変換材料の発電性能については、一方を熱した素材の両端の温度差に対して、生じる電圧の大きさの比率を示す係数(ゼーベック係数)が大きいほど優れており、同時に、温度差の保持のために素材の熱伝導率をできるだけ低くして、熱エネルギーが無駄に移動しないようにする必要がある。

 これまで中村教授は、電気をよく通すCNTを糸状にした紡績糸を加工して、ゼーベック係数が負の糸と正の糸とが交互に高温側と低温側を往復するようにして、断熱性が高いフェルト(羊毛などを圧着した不織布、厚さ3ミリ)に縫込むことで、普通の布のように使い易く、柔軟性と断熱性を兼ね備えた熱電変換素子を開発している。(図1)

図1 布状熱電変換素子が体温によって発電する様子

 この素子は、身体に軽く触れる程度で内側と外側の温度差が5度に達し、従来技術の10倍程度の温度差が得られる。それによって、例え材料の熱電特性がやや低くても、実際に使われる場面での性能を素子の断熱性によってカバーできることがわかった。しかし、CNT自体の熱伝導率はまだ高いという課題があった。

タンパク質分子を利用して熱伝導を抑える

 熱伝導率を下げる有力な方法が、CNTと共同研究者である山下教授らが別の目的で開発していた特殊なタンパク質との接合だった。(図2)

図2 タンパク質が2本のCNTを橋渡しする分子接合のモデル図

 このタンパク質分子は中空の構造で、その中に入れた無機の半導体粒子を介して電気は通す。ところが、CNTとタンパク質は接合しても、双方の構造の硬さが全く異なるので、原子の振動で伝わる熱はうまく輸送できないからだ。CNTとそれに吸着しやすい性質を持たせたタンパク質を混ぜた実験では、熱伝導率を地上の物質の中で最低のレベルにまで引き下げることができた。現在は、糸状に形成したCNTについても同様に熱伝導率を下げる研究を進めている。さらに、接合部の熱輸送の状況をナノレベルで調べるため、世界最高の空間分解能で温度分布を測定する新たなタイプの走査型プローブ顕微鏡(SPM)の開発にも着手した。

 「電気は通すが、熱は通さない素材の探索を効率化し、研究課題の汎用性を広げるために、CNTの種類ごとの化学的な特性や、それぞれのCNTと接合しやすいタンパク質のアミノ酸配列などを調べてデータベースを構築する研究にも山下教授と共同で取り組んでいます」と中村教授。電気の研究に比べて、熱の研究の歴史は古いものの、ナノの世界の物理学としてはブラックボックスが多く残されていて、この熱輸送の研究が突破口を拓く可能性がある。  

 また、この研究の途上で、CNTにタンパク質以外のある有機高分子を添加すると熱伝導率が非常に高まる現象を発見した。これを使えば、熱電変換素子へ高温部から熱を運ぶなど、よりきめ細かい設計ができる。地上の物質でもっとも熱伝導率が高いダイヤモンドに迫るレベルをめざしているが、「熱輸送をさまざまなレベルで自在に制御できれば、熱の研究が基礎・応用の両面で発展するでしょう」と期待する。

表面の複雑さは悪魔の仕業

 中村教授は元々電子工学の研究者だが、材料表面のナノスケールの電位分布を測定する装置を開発中に、有機材料の熱起電力に興味を持ち、もう一つのナノ炭素材料であるフラーレン(C60)に巨大なゼーベック効果が生じるという現象を発見したことから、熱電材料の研究に手を広げた。ノーベル物理賞受賞学者のヴォルフガング・パウリ博士の「固体は神が作ったが、表面は悪魔が作った」という言葉を引用して「表面や界面では悪魔の仕業のように現行の物理学では説明が容易ではない多様な現象が起きる。とくに、熱に関しては未解明の物理現象が多く、それが魅力です。今回の研究からも新しいナノ熱学が生まれればいいんですが」と期待する。研究が軌道に乗るとともに、趣味の写真撮影が復活し、プロジェクトの参加者のポートレートや研究に励む様子を激写している。

CREST中村グループ